GGR Issue Briefings / Working Papers
ミャンマーにおける市民社会の長い道のり
要旨ミャンマーの市民社会は2021年2月1日に起きた軍事クーデターによって成立した軍事政権に抵抗を続けている。植民地時代後期に起源を持つ市民社会は民主主義社会への移行に重要な役割を果たしてきた。過去数年間における活躍は十分なものだとは言い切れないものの、人々の立場に立ち続け、クーデター後も国内外の情報アクセス、暴力の防止、人道支援などの領域で積極的な活動を行っている。本稿では、市民社会がミャンマーの国家の発展と民主主義の価値の擁護において決定的な役割を果たしていると論じる。
ミャンマーの危機における人道支援活動
要旨本稿では、2021年2月以降、ミャンマー軍事政権による人道支援の阻止に対し、ASEAN加盟国や関係者がどのように資金調達を試みてきたかを分析する。日本の外交政策は、軍事政権と協力するかどうかという倫理的ジレンマを抱え、日本人だけでなく多数の在日ミャンマー人が、日本の政府開発援助を批判している。本稿では、国際人道支援組織の役割に着目する。国際人道支援組織は重要なステークホルダーの役割を担っており、人道支援を必要としている人々に届けるために、現地で財政支援を行っている。また、本稿では、民主的なチャンネルの利用など、ASEAN や国際機関による人道支援政策を提案する。
「情報戦」の時代に注目されるファクトチェックの可能性
要旨インターネット・SNS上で拡散する偽情報・疑情報への対策を巡り、世界中でファクトチェックが行われている。日本でもコロナ禍で偽情報・誤情報が拡散し、ファクトチェックの力量が試されている。2010年代以降、韓国ではいわゆる「レガシーメディア」を含め、多くのユーザーが閲覧するオンラインニュースなどにファクトチェックのコーナーが設けられるなど、様々な主張が自由な言論空間で検証されている。「情報戦」の脅威が語られている時代、日本メディアもファクトチェック報道の全面的な導入を前向きに検討すべきであろう。
日本への影響を試みる中国の巧妙さ
要旨中国では、中国共産党によって今まで多くの情報が統制され、国の影響力を拡大するために様々なメディアコンテンツに対する工作がなされてきた。しかし、近年は影響工作の勢いが行き過ぎてしまい、かえって党に対する信頼を損なわせている。この現状を変えるために、共産党は独立したメディア機関を自身の情報ネットワークに取り込み、党にとって不利益となる情報の一部を認めつつ、巧妙な情報操作によって損なわれた信頼を取り戻す動きを活発化させている。著者は、この動きが日本に及ぼす影響と危険性を示し、日本政府は速やかに対抗措置を取らなければならないと主張する。具体的な措置として、影響工作の客観的な分析と人々が触れる情報の裏にある権威主義国家の狙いを見抜くためのプラットフォームを提供する必要性を指摘している。
経済的平穏と貿易協定
要旨2021年10月、インド太平洋地域の豊かで安全かつ開かれ連携した発展を実現するために、そして、クリーンエネルギーなどの21世紀の課題に向けて行動を調整するために、インド太平洋経済枠組み(Indo-Pacific Economic Framework: IPEF)が米国によって提唱された。しかし、期待できる利益が莫大である一方、途上国に対する効果的な経済的成果の欠如がこのフレームワークに懸念を投げかけている。本稿では、世界経済が低迷している中でのIPEFの発足と期待される成果、そして世界経済の低迷が各国の貿易や経済協力に与える影響について、国際政治経済学の理論と実証に基づいて検討する。それにあたって、国際交渉という形での貿易自由化の要求とその実現(国内批准過程)を区別し、その結果として貿易自由化の要求が強まっても自由化が必ずしも自動的に進むわけではないことを示す。
コミットしないセンテニアル世代は民主主義を脅かすのか?
要旨今日の世界は、ウクライナ侵攻、新型コロナウイルス感染症の蔓延、人権侵害、偽情報、そして民主主義に対する不信感の高まりなどに直面している。そのため、自由主義社会の将来に対する不安が拡大している。将来の行方は若者に託されているが、彼らの意識に関する研究は限定的である。本稿では、複数のデータベースをもとに、自由が保障された国家における若者の民主主義に対する意識を比較分析する。分析の結果、18~28歳のセンテニアル世代の間に、政治的無関心、反社会的行動、あるいは権威主義への支持といった懸念すべき傾向が見られた。また、この年齢層の間でテクノクラシーに関する意識が分かれている点も興味深い。テクノクラシーへの支持は、民主的な制度や民主主義それ自体への信頼を高めるために有用である一方で、それを放置すれば権威主義への支持にも繋がりかねない。
ポーランドにおけるLGBTQ+コミュニティの現状と保護
要旨本稿では、ポーランドにおけるLGBTQ+の人々の状況を、将来実現可能な政策を議論する素地を提供するために人間の安全保障の観点から分析する。最終的な目標は、ポーランドのLGBTQ+コミュニティが直面している状況を改善し、抱えている問題を解決することに加えて、当問題の二つの主要アクターである現ポーランド政府とLGBTQ+コミュニティの両方にとって受け入れ可能な望ましい政策提言を行うことである。そのために、本稿ではまず、ポーランドのLGBTQ+コミュニティの現状を、その法的地位、現行の政策、及び与党の政治家の行動を分析して説明する。また、解決すべき問題への理解を深めるために、現状がLGBTQ+の人々に与える影響についても検証を行う。その次のステップでは、3つの異なる政策オプションを、その功罪とともに紹介し、各アクターの予想される反応から、どの程度実現可能なのかを探る。最後に、両方のアクターにとって有益であり、かつ実現可能な政策提言を行う。すなわち、LGBTQ+をヘイトクライムから法的に保護し、完全な平等を与えない一方、同じ市民としての理解を促進するという妥協案である。これは、LGBTQ+のコミュニティにとって最も望ましい結果ではないかもしれないが、LGBTQ+の人々にとっては個人の安全が増し、保守的な現ポーランド政府にとっても好都合な結果をもたらす可能性を意味するものである。
ミャンマーは「ディストピア」か?
要旨ミャンマーではこれまで機能的な民主化をもたらそうとする動きが見られたこともあったが、権威主義的、さらには「ディストピア」的な政権が維持されてきた。本稿はこのミャンマーの政治的変遷における国軍の役割について分析する。ジョージ・オーウェル(George Orwell)の小説『1984年(Nineteen Eighty-Four)』や映画『アウトブレイク(Outbreak)』などのディストピア・フィクションでは、人間の尊厳の侵害や政治的抑圧が描かれている。これらのフィクションとミャンマー政権の現状は、情報や国家統制などの面で類似している。ディストピアにおいて、世論を動かすための代表的な工作が偽情報の利用である。経済危機の中で軍事政権がどのような政策を打ち出し、一般市民にどのような影響をもたらすかを評価する。
終わりなき戦いのなかにある希望なき地の人々
要旨70年間にわたるミャンマー内戦によって、これまでに多数の国内避難民が発生してきたが、2021年以降その数は急増している。筆者は、国内避難民やその支援者にインタビューを行い、戦火によって普段の生活を追われた多くの人々が、居住地や食料、インフラ、そして教育など様々な面において非常に困難な状況に直面していることを報告する。
福島 –処理水の海洋放出を非政治化する
要旨2021年4月13日、日本政府は福島第一原子力発電所の処理水を海洋放出する方針を発表したが、これについて中国と韓国からは、近隣諸国との適切な協議がされていないとの批判の声が上がった。今回の放出は科学的知見に基づいた国際基準の下で行われるため、過度に感情的になったり政治問題化したりすることは、東アジア地域への風評被害、外交関係の悪化といった影響を及ぼしかねない。日中韓3ヵ国が取り組むべきなのは、東京電力が環境基準を守りながら海洋放出を行うための枠組みの創出、および原子力に対する安全・緊急時対応に関する地域間協力の制度化であると筆者は論じる。海洋放出問題を脱政治化させ、本当に必要なアプローチをとることが、3ヵ国全体にとっても望ましいと議論する。