民主主義・人権プログラム
ミャンマーの危機における人道支援活動
出版日2023年1月31日
書誌名Issue Briefing No. 20
著者名ニン・テ・テ・アウン
要旨 本稿では、2021年2月以降、ミャンマー軍事政権による人道支援の阻止に対し、ASEAN加盟国や関係者がどのように資金調達を試みてきたかを分析する。日本の外交政策は、軍事政権と協力するかどうかという倫理的ジレンマを抱え、日本人だけでなく多数の在日ミャンマー人が、日本の政府開発援助を批判している。本稿では、国際人道支援組織の役割に着目する。国際人道支援組織は重要なステークホルダーの役割を担っており、人道支援を必要としている人々に届けるために、現地で財政支援を行っている。また、本稿では、民主的なチャンネルの利用など、ASEAN や国際機関による人道支援政策を提案する。
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ミャンマーの危機における人道支援活動

ニン・テ・テ・アウン

(一橋大学国際・公共政策大学院 修士課程)

2023年1月31日

はじめに

2021年2月のクーデターから1年、ミャンマー国民は人道的危機に直面しており、食料、住居、水の必要性が増している。また、同国の政治経済状況により、多くの国民が貧困状態に陥っている。しかし、軍事政権は依然としてミャンマー全土で人権侵害を行っており、軍事政権が課す規制によってすでに危機的なミャンマーの状況はさらに悪化している。

国連人道問題調整事務所(UNOCHA)によると、ミャンマー南東部では、武力衝突、治安の悪化、暴力により、約17万人が避難生活を強いられている。また、2022年には1440万人以上が人道支援を必要とすると国連は推定している。国内人口に対する避難民の割合は上昇し、は約36万7,400人が新たな国内避難民(IDP)となった。

軍事政権は道路を封鎖することで人道的物資の輸送を阻害し、ときには兵士が物資を破壊することもある。軍事政権の行動は悪化しており、救命物資を破壊するにより軍事政権は人道的大惨事を引き起こしている。そこで、本稿ではミャンマー国民が直面している最悪の人道的危機の対策として、国際社会とASEANに向けた提言を行う。

人道支援に対する軍の反応

現在でも、軍事政権は人道支援者を標的に人道支援を阻害する活動を続けている。その上、軍事政権はクーデターや人権侵害に対抗する者に対して、フォーカッツ(four cuts)と呼ばれる戦略を再び採用し、食料、資金、募兵、情報を阻害している。フォーカッツはビルマ社会主義計画党が、敵対する民族集団の民兵の重要資源の供給を阻止するために採用していた戦略である。カレン人権グループは、軍政が1960年にカレン州、2017年にラカイン州でそれぞれ同じ戦略を用いたと主張している。2021年以降、人道的アクセスの必要性が急増している。また、軍事政権は、人道支援関係者を含む民間人への残忍な暴力を今もなお強めている。例えば、2021年12月には国際慈善団体セーブ・ザ・チルドレン(Save the Children)のスタッフ2人が軍事政権による攻撃で死亡した。

軍事政権は食糧在庫と人道支援者を標的にしている。このような軍事政権の行動は、戦争犯罪とみなすことができる。ミャンマー東部のカレンニ州の住民は、ミャンマー軍事政権が民間人の所有物を略奪し破壊した様子をフォーティファイライト(Fortify Rights)に報告した。破壊の中には、国内避難民への援助物資も含まれていた。カレンニ州では、軍事政権はカレンニ-シャン州境にあるペコン郷のロイ・イン・タウンチェ村の学校に保管されていた米の物資を解体し焼却した。破壊の証拠は、しばしば現地の人々によって提供される。例えば、ある地元住民は、軍事政権が燃やした証拠として村の道路脇に横たわる燃えた救急車と焼けた米の写真をソーシャルメディアに投稿した。

Area 3: Karenni State and Taungoo

出典:Reliefweb, “Myanmar: IDPs in Karenni State and Taungoo,” (March 15, 2007).
https://reliefweb.int/map/myanmar/myanmar-idps-karenni-state-and-taungoo

国際人道支援機関の取り組み

2021年末までに、軍が民間人と援助関係者への攻撃を行い、それを14の人道支援機関が非難した。その後、ミャンマーの人道支援機関(ActionAid、CARE International、Danish Refugee Council、International Rescue Committee、Norwegian Refugee Council、Oxfam、Save the Children、Trócaire)は2022年2月初めに声明を発表し、国際社会、ASEAN、国連安全保障理事会、支援団体に向けて、軍事政権が行う人道支援へのアクセス制限に対抗することを呼びかけた。

このように、人道支援団体は今なお支援が必要な民間人に対する解決策を求めて、国際社会に訴えかけている。しかしながら、「5点合意」の実施に向けた進展は遅れている。人道支援団体の声明によると、軍事政権は、全国の村々で備蓄米を破棄するなど、依然として人道支援を妨げている。

ASEANと日本からの人道的支援

ミャンマーを訪問したカンボジアのフン・セン(Hun Sen)ASEAN議長は、ミャンマー政府を含むすべての当事者に対し、暴力の停止を訴えた。また、ミャンマーの人々への人道的支援にASEAN諸国が参加するよう呼びかけた 。フン・センは、軍事政権の指導者であるミン・アウン・フライン(Min Aung Hlaing)に人道支援を許可するよう要請した。しかし、この要請は拒否され、兵士たちは2021年2月1日以降、食糧の焼却や破壊、援助者への攻撃を続けている。

日本とカンボジアの外相は電話会談でミャンマーについて議論した。林外相は、暴力が続くミャンマーの現状に懸念を示し、ASEAN議長国であるカンボジアの積極的な関与を歓迎した。両外相は、緊密に連携していく意向を表明した。また、外務省のプレスリリースによると、林外相は、フン・セン首相の今般のミャンマー訪問においてみられた、少数民族との停戦や人道支援における進展について言及した。

伝統的に、日本とミャンマーは密接で友好な関係を築いてきた。日本は1954年以来、政府開発援助(ODA)による支援国として、ミャンマーの外交政策において非常に重要な立場にある。後発開発途上国の開発を支援することを目的とした海外援助の一形態として、日本は68年前、初めてODAを供与した。ODAは開発途上国にとって、最も基本的なニーズの一つだ。日本の外相は新たなODAの申請が中止となったことを認めたが、在日ミャンマー人は既存の援助プログラムの停止も日本政府に要求している。

日本の対ミャンマー支援の基本方針は、次の3つの方針から構成されている。人々の生活向上、経済・社会を維持するための能力開発・体制整備、そして持続的経済発展に必要なインフラ及び関連システムの構築である。外務省によると、クーデター以来行ってきた2000万ドルの支援に加えて、国際機関やASEAN事務局を通じ人道的物資を届けるために1850万ドルの追加予算が決定された。

今般の第4回日・豪・印・米(クワッド)外相会合では、ミャンマーにおける事態の解決に向けたASEANの努力に対する支持が確認された。4か国の外相は軍事政権に対し、人道援助へのアクセスを含むASEANの「5点合意」を早急に実施するよう求めた。

ASEAN加盟国はミャンマーにおける危機に対する見解を一致させることができていないため、ミャンマー問題はASEANにおける主要な問題となっている。カンボジアが議長国となった2022年には、ASEAN外相会合が初めて延期された。ASEANは、ミャンマー軍事政権を非政治的な代表としてのみ出席を許可することを決定した。

日本は、ASEANの「5点合意」の実施について―特に人道支援の面で―政権に改善が見られないため、国際人道支援組織を通じて追加支援を行う予定だ。国際人道支援組織が国際社会、国連、ASEANに対して行動を呼びかける活動を続けていることから、日本は国際人道支援組織を通じた支援を行うことを決定した。問題は、人々の命を救うことを目的とした人道支援政策が、いまだに援助活動を妨げ、物資を破壊する軍事政権に委ねられて良いかどうかである。日本は、ミャンマーの人々の命を救うための人道支援を、軍事政権の裁量に委ねることのないようにしなければならない。これはASEANだけでなく、国際社会にとっても今後の課題である。

国際人道法の規定

赤十字国際委員会(ICRC)による慣習国際人道法の第55規則は、「紛争当事者は、その管理権に従って、困窮している文民のために、公平な性格を有し、いかなる不利な差別もなしに行われる人道的救済の迅速かつ妨げられない移動を許容し、促進しなければならない」と規定している。第56規則は、「紛争当事国は、その任務の遂行に不可欠な承認された人道援助要員の移動の自由を確保しなければならない」と規定している。軍事上不可欠な場合に限り、その移動を一時的に制限することができる。これらのルールは、国際的な武力紛争であっても、非国際的な武力紛争であっても適用される。ミャンマー軍事政権が行った人道支援の妨害、援助者の逮捕、人道支援組織に対する行動などの違法行為は、この義務を果たしていない例である。

ASEANと国際社会への提言

人道的危機に直面しているミャンマーの人々に対する支援は急務である。人命を救い、人々の生活を改善するために、ASEANと国際社会に対して以下の提言を行う。

  1. 人道支援を緊急に必要としている人々に支援を届ける際に、ミャンマー軍事政権が引き受けた任務の恣意性を調査する。
  2. 国連条約や国際法に基づいたミャンマーの義務とその違反について比較分析を行う。
  3. ミャンマーで活動する国際人道支援組織が、国内および国境を越えて避難している人々に人道支援を提供できるように支援する。
  4. あらゆる形でミャンマー軍事政権がもつコミュニケーションと政治的正当性を低下させ、ミャンマーの人道支援団体に与えられる権限のレベルを上げる。
  5. 国民統合政府、民族武装組織、市民社会とつながり、人道支援の必要性に関する現場の状況に基づいた情報を提供する。

【日本語翻訳】

田中秀一(法学研究科 博士課程)
中島崇裕(法学部 学士課程)

プロフィール

一橋大学国際・公共政策大学院修士課程。一橋大学大学院法学研究科客員研究員も務めた。市民社会、国際NGO、シンガポールのアドバイザリー会社で9年間の勤務経験がある。客員研究員以前は、透明性を求める市民活動(Citizen Action for Transparency: CAfT – Myanmar)でプログラム・ディレクターとして勤務。それ以前は、ミャンマー抽出産業透明性イニシアティブ(National Coordination Secretariat – Myanmar Extractive Industries Transparency Initiative: MEITI)でプログラムマネージャー、ノルウェー・ピープルズ・エイド(Norwegian People’s Aid)やその他の組織でプログラムオフィサーを務めていた。また、業務を通じて、市民社会組織やその活動家を支援してきた。ミャンマーの政治状況、女性の権利、移行期正義、集団行動、表現の自由に関する記事をビルマ語と英語で執筆している。フィリピンのアルダーズゲート大学(Aldersgate College)で行政学修士号、ミャンマーのダゴン大学(Dagon University)で法学学士号を取得。