GGR Issue Briefings / Working Papers
2023年マレーシア州議会選挙 —「統一政府」の展望—
要旨2022年11月に行われた前回のマレーシア総選挙(GE15)以降、マレーシアの政治情勢は大きく変化し、特にパカタン・ハラパン=バリサン・ナショナル(PH-BN)連立政権といった新たな政治連合の形成が注目された。しかしながら、「統一政府」と呼ばれ、アンワル・イブラヒム(Anwar Ibrahim)率いるPH-BNは、マレー系有権者から確実な支持を得ることはできなかった。2023年8月に行われたマレーシア州議会選挙の結果は、PH-BNがペリカタン・ナショナル(Perikatan Nasional:PN)に精神的敗北(moral defeat)を喫したことで、このシナリオをさらに裏付けるものとなった。マレー系有権者をなだめるためにマレーシア政府がより保守的になるかどうかは、現時点では不明である。
ミャンマー紛争地への人道支援 ―現地の状況
要旨ミャンマーでは、人道支援活動の内容と効果の検証が求められている一方で、検証する方法が欠如しているという状況が長らく続いた。ヒューマニタリアン・アウトカムズ(Humanitarian Outcomes: HO)の調査は遠隔アンケートを用いて、ミャンマーで実施されている多様な人道支援活動の効果について有用な示唆に富んでいる。国際機関が展開する公式の援助プログラムが厳しい制限を受けていること、一方でインフォーマルな支援活動がミャンマーの広い範囲において既に浸透していることをHOの調査結果は示している。
アメリカにおけるESG投資の拡大と論争 ―グローバル・ガバナンスへの示唆
要旨2015年に持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)が採択されて以来、環境(Environment)、社会(Social)、コーポレート・ガバナンス(Corporate Governance)から構成されるESG投資が注目を集めている。ESG投資には、持続可能な社会を実現しようとする社会的な使命を持つ人々、リスクに敏感な投資家、学界などのさまざまなステークホルダーから関心が寄せられている。しかしアメリカではESGに反対する動きが拡大しており、共和党議員はESG関連の財務リスク管理を妨げ、ESG投資の成長を阻害しようとしている。本稿は、アメリカにおけるESG投資を巡る対立の背景と理由を探り、グローバル・ガバナンスに対する示唆を検討する。
EU法上のロシア人兵役拒否者の扱い
要旨欧州連合(European Union: EU)は、2022年9月のロシアの部分動員令によるロシア人の EUへの流入が急増したことから、安全保障上のリスクを理由に新たに渡航査証を要求するなどシェンゲン協定国への入国を制限した。EUはノン・ルフールマン原則を遵守しロシア人兵役拒否者を受入れているのであろうか?庇護申請については、短期査証発給の査証規定上申請の機会はある。また、EU 共通基準を示した国際的保護の資格指令と EU 司法裁判所の解釈上、条約難民としての受入は可能である。しかし、EU の庇護審査基準が未だ示されておらず、庇護審査の根拠となる事実関係が流動的でありまたその確認が課題であることから、各国の庇護審査は進まず実態は不明である。とはいえ、現状では、ノン・ルフールマン原則を遵守し、ロシアの兵役拒否者はEU法上送還できない。
日本での香港特別行政区パスポートの更新・住民登録における香港人の「国籍」問題
要旨日本に住む香港人は、住民登録やパスポートの更新の際に独自の問題に直面する。公式文書の国籍欄には「香港」ではなく「中国」と表記されるなど、香港人の国籍をめぐる混乱は、在日香港人にとって現実的な困難と安全上の懸念を生み出している。本稿では、香港と中国の法律的・政治的な違い、香港特別行政区のパスポート保持者が享受している独自のビザの取り決めや免除、そして香港の国家安全維持法が在日香港人に与える影響に焦点を当てる。特別扱いを求めずとも、香港人の人権を考慮し、危険にさらされている香港人コミュニティに対してより良い支援、サポート、保護を提供することが重要である。
2023年スペイン総選挙 ― 極右含むポピュリズムの後退と世界の自由民主主義への教訓 ―
要旨本稿は、2023年7月23日に実施されたスペインの総選挙、特に下院の選挙結果及びその前後の状況についてのブリーフィングと、その結果が国内外に持つインプリケーションについての検討を行うものである。概況としては、どの政党も下院350議席の過半数176議席を取ることができず、連立政権を目指すにせよ単独与党で閣外協力を仰ぐにせよ、政党間の政権協議が不可欠となっている。今後のシナリオとしては、選挙前与党の左派連立が2期目に入る確率が少々高いと見られるが、政権協議不調による出直し総選挙の可能性も否定されない。選挙結果の一つの特徴としては、左右特に右派系のポピュリズム政党の後退が挙げられる。リーマン・ショック後のスペイン政治は、他の西欧あるいは先進諸国と、程度やイシューの差こそあれ、同様に両極化(polarization)の様相を示しており、それはポピュリズム政党の伸長と並行していたが、今回総選挙ではその「対立疲れ」が選挙民の間で見えたものかもしれない。これに加え、地方議会選挙での極右進出から間髪入れずに行われた前倒し総選挙のタイミングは、両極化と極右進出に各国の自由民主主義体制が向き合う上での実践例として参照されて良い事例となる可能性がある。
サイバー空間での影響力工作に対するアトリビューションの概要
要旨SNSにバトルフィールドを広げる影響力工作の背後には誰がいるのか、その意図は何か。本稿は、サイバー空間での影響力工作におけるアトリビューションを概説し、これらを明らかにする方途について論じる。アトリビューションに関する概念や分析のサイクル、モデルを提示し、2023年G7外相会議直前に展開されたキャンペーンを対象にモデルの実践を行う。また、意図の見積もり、データの入手、真の発信者の特定といった点から、サイバー空間に閉じた情報源を用いたアトリビューションの限界についても論じる。
選挙制度改革の試みに見る、メキシコにおける民主主義の現在地
要旨メキシコのロペス・オブラドール政権は、2022年から2023年にかけて大規模な選挙制度改革を試み、選挙関連法を改正した。法改正で規定された内容としては、有権者による選挙関連職位の選出、選挙実務を担当する職員数の削減、選挙広報に関する違反類型の限定、そして選挙違反に対する罰則の軽減などが含まれ、いずれも民主主義の根幹をなす選挙の「公平性・公正性」を脅かすものである。一方で2023年5月と6月には、連邦最高司法裁判所が違憲審査を通して法改正の無効化を宣言した。この違憲判決は、司法が恣意的な権力行使を抑制したことを示しており、メキシコの三権分立は現時点では機能しているといえる。
新型コロナウイルスワクチンを巡る偽情報への対抗ナラティブに関する一考察
要旨ワクチン躊躇/接種控え(vaccine hesitancy)が広まる原因の一つにはインターネット上での誤情報の拡散があり、いわゆる「自然派」の人々の間でSNS上での根拠のない情報のやりとりが行われていることが問題になっている。こうした懸念をいかに解消しうるかを検討するため、本稿は、偽情報を発信する主体がターゲットとしているペルソナを分析する。そしてそれに対する有効な対抗ナラティブの発信手法を検討したうえで、手法の懸念点や社会実装する上での留意点に言及する。
中国型スマートシティの地政学的挑戦
要旨スマートシティは米中が覇権を争う技術で構成された地政学的争いの場でもある。中国型スマートシティが安全を優先した統治システムであるのに対し、アメリカ企業のものは生活の質の向上、都市機能の最適化、運営コストの削減などを標榜したビジネスシステムになっている。中国型スマートシティプロジェクトは経済支援、情報化支援と一体化していることが多く、経済的、政治的に中国と深く結びついている。権威主義国や弱体化した民主主義国は政情が不安定になると中国型のスマートシティを求めるようになっており、その増加によって中国型スマートシティが増加している。世界で144件のプロジェクトが進んでおり、そこで集積された莫大なデータやネットワークは中国の戦略的優位をもたらす可能性がある。スマートシティは地政学的陣取り合戦となっているが、欧米は劣勢に立たされている。
その他の研究成果
核軍備管理・軍縮の新しいフェーズ
要旨2023年7月31日に、国際・公共政策大学院院長の秋山信将教授が執筆した論文、「核軍備管理・軍縮の新しいフェーズ」が『外交』に掲載されました。本論文は、大国間の軍備管理に必要なレジームの新たな構造計算の構成要素の分析と、その帰結としての核軍縮の基盤を築く方法について考察しています。秋山教授は、冷戦期に構築された軍備管理レジームにおける関連国の目的とレジームを維持させた諸原理がもはや十分に機能していないと指摘しました。その原因として、軍備管理レジームの当事国間の政治的関係の最低限の見解の一致、すなわちガードレールに対して見解の乖離が発生していると論じました。さらに、中国の台頭により、技術的・量的な軍備拡大と中国が有する軍備にかかわる戦略・戦力の不透明性故に、軍備管理レジーム再構築に複雑性が増したと説明しました。これらの問題を目前に、秋山教授は大国間の核政策における原理的見解の差異を解消し、そして外交や経済をも組み合わせて危機を管理する統合軍備管理が必要であると述べました。
中ロの選挙介入に揺れる米国
要旨2023年7月31日に、法学研究科の市原麻衣子教授が執筆した論文、「中ロの選挙介入に揺れる米国」が『外交』に掲載されました。本論文は、2022年の米中間選挙を事例に中ロの選挙介入の活発化と米国への影響を分析しています。市原教授は、ロシアと中国は米国社会を分断させるための偽情報拡散を含む影響工作を行っており、中でも22年の中間選挙は2016年から介入が確認できたロシアに加えて選挙介入を躊躇した中国が方向転換して介入を開始した選挙であったと論じています。また、市原教授は米国内で市民、立法府、そして司法府の領域を横断して対抗策に向けた動きがみられる一方で、それに反対する意見も存在し、揺れ戻しが発生していると論じました。最後に、教授は今後行うべき対応として、民間主導の偽情報対策を講じること、国内の分断の原因になっている制度を是正すること、そして国内の経済格差を是正することを強調しました。
G7が築いた国際連携の両義性──メディアに求められる新たな秩序像の提言
要旨2023年7月に、法学研究科の市原麻衣子教授が執筆した論文、「G7が築いた国際連携の両義性──メディアに求められる新たな秩序像の提言」が新聞研究に掲載されました。本論文は、G7広島サミットの成果と課題を、海外からの評価を参照し分析する内容です。市原教授は、まず広島サミットで安全保障秩序に対するG7間の結束及びG7を超えた国際連携の構築を目指すことを明らかにしたと論じました。また、教授は今回のサミットでは中露を国際秩序への挑戦者と位置づけその脅威を確認したと説明しました。さらに、市原教授は広島サミットが民主主義に言及するスタンスにおいて、秩序の現状維持に留まっていると主張しました。そして民主主義を弱体化させる国内の要因を過小評価していることに問題があると指摘しました。最後に、教授は人間の尊厳が守られる国際秩序像の形成に貢献するメディアの役割を期待すると述べました。
EUにおける一事不再理(ne bis in idem)原則と相互信頼
要旨2023年7月に、法学研究科の中西優美子教授が執筆した判例研究、「EUにおける一事不再理(ne bis in idem)原則と相互信頼」が『自治研究』に掲載されました。この判例研究は、2016年に判示されたKowwowski事件(C-486/14)を取り扱っています。この事件では、刑事法における重要原則の1つとして捉えられる、一事不再理原則の適用が問題となっています。一事不再理原則は、日本法でも見られるものですが、EUにおいては、1か国ではなく、EU構成国全体に適用されることになっています。そのため、構成国間の相互信頼が重要になってきます。EU司法裁判所は、一事不再理の原則と相互信頼の間のバランスをとったものであると評価しました。
EUと新しい資本主義・民主主義
要旨2023年6月22日に、法学研究科の中西優美子教授が分担執筆した報告書、「EUと新しい資本主義・民主主義」が21世紀政策研究所に掲載されました。本報告書では、経済成長を優先させる新自由主義的な資本主義と民主主義が内包している問題を反省し、アップデートに向けてEUにおける資本主義と民主主義の在り方を検討しています。中西教授は、「GXと新しい資本主義」と「EUにおけるサステナビリティと将来世代」の項を担当しています。「GXと新しい資本主義」の項では、社会のあるべき姿について長期的なビジョンを提示する循環経済の概念とその実施、そして若者を中心に企業に対して責任を追及する気候訴訟について説明しています。「EUにおけるサステナビリティと将来世代」においては、将来世代を意識した文書が増えていると同時に、中には拘束力を有する規定も制定されていると述べています。
アジアにおける国境を超える影響工作と人権への影響 [In English]
要旨2023年6月28日に一橋大学法学研究科の市原麻衣子教授が執筆した論文「アジアにおける国境を超える影響工作と人権への影響」がGlobal Asiaに掲載されました。本論文は、権威主義国家による越境的な影響工作、とりわけ中国のアジア諸国に対する工作の構造とその影響を解説しています。市原教授は、中国の影響工作の影響を最も多く受けている地域がアジアであると指摘しています。権威主義国家の影響工作が他国家の経済的不平等と政治的分断、そして市民の行動傾向を利用していると説明しています。また、諸人権を攻撃の的にしている影響工作は、権威主義国家内で発生している人権問題や政治的不安定性を隠すのが目的であると論じています。最後に、市原教授は影響工作に関する最先端の研究、ファクトチェック、カウンターナラティブの形成を通じた対抗手段の必要性を強調しています。
EUにおける人権・環境デューディリジェンス
要旨2023年5月に、法学研究科の中西優美子教授が行った公開講義の論考、「EUにおける人権・環境デューディリジェンス」が『如水会々報』にて掲載されました。本論考は、環境の保護と人権の尊重に関連して、EUがいかなる措置をとっているか、そして企業と社会に期待されるあるべき姿は何かを説明しています。中西教授は、EUでは環境と人権に関する行動計画の策定やその着実な実施のための文書、そして構成国に法的義務を課す法律等が採択されていると概説しました。また、教授は定められた法律を企業に遵守させるためのメカニズムが講じられており、NGOや国民が国を相手に訴訟を提起していると述べました。最後に、中西教授は人権の尊重と環境保護の責任は消費者と投資家にもあること、そして将来世代を考えて行動する必要性があることを強調しました。
日本の民主主義におけるデジタル分野課題への取り組みの漸進的な動き [in English]
要旨2023年4月28日に、法学研究科の市原麻衣子教授が執筆した論文、「日本の民主主義におけるデジタル分野の課題への取り組みの漸進的な動き」がAsia Democracy Research Networkから出版されました。本論文は、民主主義において必ずしもプラスに働くとは限らないデジタル技術に関する考察と、関連問題に対する近年の日本の取り組みを紹介しています。市原教授は、デジタル分野の発展は市民間不信、個人情報保護の侵害、そして政府による抑圧の容易化等の問題が発生していると指摘しました。これらの問題に対し、日本政府が輸出規制や人権に対するイニシアティブの発揮、偽情報に対抗するポジションの新設、ファーウェイへの規制等、諸処置に取り組んでいると説明しました。最後に、市原教授は偽情報が作り出すナラティブに対抗するナラティブが必要であり、そのためには権威主義アクターの戦略を特定した上でのナラティブ形成をすべきであると論じました。
日本・EU間の経済連携協定(EPA)と戦略的パートナーシップ協定 (SPA)の発展―環境・エネルギー事項を中心に―
要旨2023年3月に、法学研究科の中西優美子教授が共同執筆した報告書、「日本・EU間の経済連携協定(EPA)と戦略的パートナーシップ協定 (SPA)の発展―環境・エネルギー事項を中心に―」が日本エネルギー研究所にて掲載されました。本報告書は、日本とEUの間で結ばれた経済連携協定(EPA)と戦略的パートナーシップ協定(SPA)の意義と今後の展開を、コロナ禍や気候変動、ウクライナ戦争等の世界情勢の変化を考慮して考察しています。中西教授は、EPAに関して気候変動を意識したうえで、エネルギー効率を促進する協力の在り方の側面があると説明しました。他方、SPAについては気候変動問題に加えてウクライナ戦争が発生する中、SPAに法的基盤の構築と役割と法的拘束力を与える文がみられると述べました。最後に、近年の日EU定期首脳会談では両協定の運用に関する具体的で実質的な議論が行われており、エネルギー問題の顕著化に対応する重要な協力体制になると評価しました。
(私の視点)広島ビジョンの意義:首脳らを包摂、被爆地の力 秋山信将
要旨2023年6月2日に、朝日新聞にて国際・公共政策大学院長の秋山信将教授の論考「(私の視点)広島ビジョンの意義:首脳らを包摂、被爆地の力」が掲載されました。本記事では、G7サミットが核軍縮において持つ意義が論じられました。秋山教授は、G7広島サミットにおける主要な2つのキーワードであった規範と責任を核軍縮の観点から分析しました。秋山教授は、G7参加国による核戦争反対への共同声明は、戦後長らく守られてきた核兵器不使用の規範の重要性を再確認していると説明しました。また、責任に関しては、国民の安全を守る責任と「核なき世界」を実現する責任、この2つの責任が政治指導者にあることが確認されたと論じました。最後に、秋山教授は広島サミットの経験が直ちに政策に反映されるとは信じがたいが、規範と責任の自覚がいずれ大きな力になるはずと評価しました。