出版物
2023年スペイン総選挙 ― 極右含むポピュリズムの後退と世界の自由民主主義への教訓 ―
要旨本稿は、2023年7月23日に実施されたスペインの総選挙、特に下院の選挙結果及びその前後の状況についてのブリーフィングと、その結果が国内外に持つインプリケーションについての検討を行うものである。概況としては、どの政党も下院350議席の過半数176議席を取ることができず、連立政権を目指すにせよ単独与党で閣外協力を仰ぐにせよ、政党間の政権協議が不可欠となっている。今後のシナリオとしては、選挙前与党の左派連立が2期目に入る確率が少々高いと見られるが、政権協議不調による出直し総選挙の可能性も否定されない。選挙結果の一つの特徴としては、左右特に右派系のポピュリズム政党の後退が挙げられる。リーマン・ショック後のスペイン政治は、他の西欧あるいは先進諸国と、程度やイシューの差こそあれ、同様に両極化(polarization)の様相を示しており、それはポピュリズム政党の伸長と並行していたが、今回総選挙ではその「対立疲れ」が選挙民の間で見えたものかもしれない。これに加え、地方議会選挙での極右進出から間髪入れずに行われた前倒し総選挙のタイミングは、両極化と極右進出に各国の自由民主主義体制が向き合う上での実践例として参照されて良い事例となる可能性がある。
サイバー空間での影響力工作に対するアトリビューションの概要
要旨SNSにバトルフィールドを広げる影響力工作の背後には誰がいるのか、その意図は何か。本稿は、サイバー空間での影響力工作におけるアトリビューションを概説し、これらを明らかにする方途について論じる。アトリビューションに関する概念や分析のサイクル、モデルを提示し、2023年G7外相会議直前に展開されたキャンペーンを対象にモデルの実践を行う。また、意図の見積もり、データの入手、真の発信者の特定といった点から、サイバー空間に閉じた情報源を用いたアトリビューションの限界についても論じる。
選挙制度改革の試みに見る、メキシコにおける民主主義の現在地
要旨メキシコのロペス・オブラドール政権は、2022年から2023年にかけて大規模な選挙制度改革を試み、選挙関連法を改正した。法改正で規定された内容としては、有権者による選挙関連職位の選出、選挙実務を担当する職員数の削減、選挙広報に関する違反類型の限定、そして選挙違反に対する罰則の軽減などが含まれ、いずれも民主主義の根幹をなす選挙の「公平性・公正性」を脅かすものである。一方で2023年5月と6月には、連邦最高司法裁判所が違憲審査を通して法改正の無効化を宣言した。この違憲判決は、司法が恣意的な権力行使を抑制したことを示しており、メキシコの三権分立は現時点では機能しているといえる。
新型コロナウイルスワクチンを巡る偽情報への対抗ナラティブに関する一考察
要旨ワクチン躊躇/接種控え(vaccine hesitancy)が広まる原因の一つにはインターネット上での誤情報の拡散があり、いわゆる「自然派」の人々の間でSNS上での根拠のない情報のやりとりが行われていることが問題になっている。こうした懸念をいかに解消しうるかを検討するため、本稿は、偽情報を発信する主体がターゲットとしているペルソナを分析する。そしてそれに対する有効な対抗ナラティブの発信手法を検討したうえで、手法の懸念点や社会実装する上での留意点に言及する。
中国型スマートシティの地政学的挑戦
要旨スマートシティは米中が覇権を争う技術で構成された地政学的争いの場でもある。中国型スマートシティが安全を優先した統治システムであるのに対し、アメリカ企業のものは生活の質の向上、都市機能の最適化、運営コストの削減などを標榜したビジネスシステムになっている。中国型スマートシティプロジェクトは経済支援、情報化支援と一体化していることが多く、経済的、政治的に中国と深く結びついている。権威主義国や弱体化した民主主義国は政情が不安定になると中国型のスマートシティを求めるようになっており、その増加によって中国型スマートシティが増加している。世界で144件のプロジェクトが進んでおり、そこで集積された莫大なデータやネットワークは中国の戦略的優位をもたらす可能性がある。スマートシティは地政学的陣取り合戦となっているが、欧米は劣勢に立たされている。
アメリカの偽情報対策が直面している問題
要旨現在、米国下院司法委員会を中心に右派メディアや団体、評論家を巻き込んだ偽情報対策批判が広がっている。シンクタンクや大学などの研究機関、専門家個人に対してデータ提供要請、議会召喚、告訴などが行われている。米政府は直接あるいは研究機関などを通じて、SNSプラットフォームに対して検閲行為を行い、保守的言論を抑圧してきたという主張だ。2023年7月4日には連邦地方裁判所で政府の検閲を認め、政府および関係機関とSNSプラットフォームおよび研究機関との接触禁止が命じられた。すぐにこの命令は停止され、控訴が進んでいるが、一連の出来事によって、偽情報対策に慎重になるSNSプラットフォームや研究者が出て来ている。この問題は、偽情報は国内アクターが行うものの方が多く、対策もまた国内を優先しなければならない、という基本を怠ったことが原因と考えられる。
中ロの選挙介入に揺れる米国
要旨2023年7月31日に、法学研究科の市原麻衣子教授が執筆した論文、「中ロの選挙介入に揺れる米国」が『外交』に掲載されました。本論文は、2022年の米中間選挙を事例に中ロの選挙介入の活発化と米国への影響を分析しています。市原教授は、ロシアと中国は米国社会を分断させるための偽情報拡散を含む影響工作を行っており、中でも22年の中間選挙は2016年から介入が確認できたロシアに加えて選挙介入を躊躇した中国が方向転換して介入を開始した選挙であったと論じています。また、市原教授は米国内で市民、立法府、そして司法府の領域を横断して対抗策に向けた動きがみられる一方で、それに反対する意見も存在し、揺れ戻しが発生していると論じました。最後に、教授は今後行うべき対応として、民間主導の偽情報対策を講じること、国内の分断の原因になっている制度を是正すること、そして国内の経済格差を是正することを強調しました。
G7が築いた国際連携の両義性──メディアに求められる新たな秩序像の提言
要旨2023年7月に、法学研究科の市原麻衣子教授が執筆した論文、「G7が築いた国際連携の両義性──メディアに求められる新たな秩序像の提言」が新聞研究に掲載されました。本論文は、G7広島サミットの成果と課題を、海外からの評価を参照し分析する内容です。市原教授は、まず広島サミットで安全保障秩序に対するG7間の結束及びG7を超えた国際連携の構築を目指すことを明らかにしたと論じました。また、教授は今回のサミットでは中露を国際秩序への挑戦者と位置づけその脅威を確認したと説明しました。さらに、市原教授は広島サミットが民主主義に言及するスタンスにおいて、秩序の現状維持に留まっていると主張しました。そして民主主義を弱体化させる国内の要因を過小評価していることに問題があると指摘しました。最後に、教授は人間の尊厳が守られる国際秩序像の形成に貢献するメディアの役割を期待すると述べました。
アジアにおける国境を超える影響工作と人権への影響 [In English]
要旨2023年6月28日に一橋大学法学研究科の市原麻衣子教授が執筆した論文「アジアにおける国境を超える影響工作と人権への影響」がGlobal Asiaに掲載されました。本論文は、権威主義国家による越境的な影響工作、とりわけ中国のアジア諸国に対する工作の構造とその影響を解説しています。市原教授は、中国の影響工作の影響を最も多く受けている地域がアジアであると指摘しています。権威主義国家の影響工作が他国家の経済的不平等と政治的分断、そして市民の行動傾向を利用していると説明しています。また、諸人権を攻撃の的にしている影響工作は、権威主義国家内で発生している人権問題や政治的不安定性を隠すのが目的であると論じています。最後に、市原教授は影響工作に関する最先端の研究、ファクトチェック、カウンターナラティブの形成を通じた対抗手段の必要性を強調しています。
非承認国家の「民主主義」 ─その様相と規定要因─
要旨「非承認国家(unrecognized states)」は、「独立」を宣言し、国際的承認を得られないながらも事実上法的親国から独立した主体である。近年ではロシアによるジョージアやウクライナへの侵攻に際して、非承認国家やそれに類似する主体が出現し、その役割が注目されてきた。現存するその大半は競争的選挙を実施し、一部では選挙による政権交代も発生している。しかし、その多くは権威主義国からの支援で存立している上に、「民主化」しづらいとされる経済・社会的条件下にある。このため、一部の研究は、非承認国家特有の「民主化」要因が存在すると考えてきた。しかし、民主化指標によれば非承認国家の全てが民主化しているわけではなく、非承認国家の「民主化」度合いにはバリエーションがある。本論文では、非承認国家の政治体制の現状と関連する先行研究をレビューし、その課題を指摘した上で、新たな仮説の可能性を提起する。