日本での香港特別行政区パスポートの更新・住民登録における香港人の「国籍」問題
パトリック・プーン
(東京大学 客員研究員)
2023年10月20日
はじめに
公式な統計がないため、現在何人の香港人が日本に住んでいるのかは不明であるが、その数を約30,000人と推定している香港人もいる。東京以外では、香港人のほとんどが大阪、福岡、札幌などの都市部に住んでいる。在留資格の「国籍」登録や、日本のパスポートを取得した人、そして日本人と結婚した人が広東名から日本名に変更したことなどを理由に、日本に住む香港人の正確な数を把握することは難しい。筆者を含む香港人は、日本での住民登録や香港特別行政区(Hong Kong Special Administrative Region)パスポートなどの身分証明書更新の際に、以下のような問題に直面する。
住民登録における「国籍」記載の問題点
香港人にとって不可解なのは、在留カードに記された「国籍」である。私たちは香港出身であるにもかかわらず、常に「中国」と表示される。これは香港人の政治的立場の問題ではなく、香港と中国は法的には2つの異なる管轄区域であることによる。香港のミニ憲法(mini-constitution)とも呼ばれる香港基本法に基づき、私たち香港人は香港特別行政区のパスポートを申請することができる。1997年の香港返還後、居住権や法の支配などの行政・法的措置について定めた英中共同宣言に基づく「一国二制度」のもと、香港は法的に中国とは異なる特別行政区となっている。香港人は香港独自の身分証明書と香港特別行政区のパスポートを持っており、日本を含む多くの政府に対して、中国のパスポート保持者とは異なるビザの手配と免除を与えている。香港人の「国籍」を「香港」ではなく「中国」と表示することは、不必要な混乱を引き起こし、香港人と中国人のビザが異なるという法的現実を反映していない。
香港はイギリスの植民地であったため、筆者のようにイギリス国籍(海外)(British National Overseas: BNO)パスポートも持っている香港人にとっては、さらに混乱し、複雑である。筆者は日本でBNOパスポートを使っている香港人には会ったことがないが、もしBNOパスポートを使って日本での住民登録を更新しようとすると、一定の手続きが必要なようだ。しかし、筆者が2023年4月に出入国在留管理庁で在留資格の更新手続きを行った際、職員からは、在留資格登録をBNOに変更するために必要な手続きについて具体的には教えられなかった。こうしたケースでは、筆者の国籍は「イギリス」と表示されるのだろうか。本件について調査できれば良いのだが、2022年5月にロンドンから東京に引っ越して以来、まだその機会がない。
確かに、外国人が日本での一時的な在留資格や永住権を保持するために必要な条件を満たしている限り、国籍に関係なく、外国人の中で福祉や滞在条件に違いはない。しかし、香港人の場合「国籍」をめぐる混乱が生じているため、香港人が「中国籍」ではなく「香港籍」であることを銀行などに説明することが難しく、法的な意味合いや評価の違いが生じてしまう。
パスポート問題
まず、香港特別行政区のパスポートの更新は在日香港経済貿易代表部では行えず、東京にある中国大使館で行うことになる。香港入境事務所のウェブサイトにある「よくある質問」(FAQ)の質問9によると、申請者がパスポートを受け取ることができる場所は「香港入境事務所、中国外交・領事部、または中国内地事務所入国業務課」であるが、申請自体はオンラインで行うことができる。すなわち、香港特別行政区政府が発行したパスポートでありながら、申請者が海外でパスポートを受け取る場合、皮肉にも香港特別行政区のパスポートは中国大使館が管理することになる。この事実は、香港人コミュニティの間で大きな懸念となっている。中国政府との関連を避けたい人や、中国の人権記録に懸念を抱いている人にとっては、香港特別行政区のパスポートを更新するために中国大使館に行くことは問題であり、身の安全に対する正当な懸念が生じる。中国政府による反体制派に対する非道な扱いを考えると、中国政府や香港政府の人権記録を批判している筆者やその他の人々が中国大使館に入った後、我々の身に何が起こるかわからない。また、日本での活動において、香港政治に関するコメントを控えるなど、香港政府から香港国家安全維持法違反とみなされる可能性がある行動を自粛する必要がある。この法律は曖昧な定義と法的含意を持っており、香港警察に対する批判的な意見や、中国政府や独裁体制の終結を求める意見などを述べる人々を逮捕するための過剰かつ制約のない権限を規定している。
一方、香港特別行政区のパスポート名称に関する混乱によって、日本の出入国在留管理庁職員がこれを中国のパスポートと区別できない可能性もある。香港特別行政区のパスポートに記載されている発行機関は香港特別行政区政府である。しかし、日本の政府機関や金融機関によっては、「国籍」記載欄の選択肢として「中国」しか存在しない場合もある。このような事例は政治的理由によるものか、もしくは香港と中国が別々の司法管轄権である事実を無視しているかのどちらかである。香港は中国本土とは別の法制度を有している。中国政府が香港政府に対していかなる影響力を行使しようとも、香港の行政府、司法府、立法府は中国本土のシステムとはまったく異なる法的存在であり、香港政府高官や香港の親北派政治家でさえ否定できない事実である。
そのため、香港特別行政区のパスポートの有効期限が迫っているにもかかわらず、永住権や日本のパスポートを申請するための条件が揃っていない場合、香港人は非常に困難な状況に置かれることになる。前述のように、BNOパスポートを持っている人は、それを用いて住民登録の更新を申請することもできる。BNOパスポートの有効期限が切れた場合は、英国内務省のウェブサイトからオンラインで申請でき、さらに手続きは郵送でも可能である。しかし、香港特別行政区のパスポートの更新時は、危険を冒して中国大使館に行かなければならないのである。
その他の身分証明書の更新
「国籍」の問題やパスポートの問題に加えて、香港政府が市民に身分証明書の更新を求める際に、香港人は香港に戻るべきかどうかというジレンマにも直面する。日本の大学に通う香港人留学生が2023年初め、身分証明書の更新のために香港に戻った後、国家安全維持法違反で逮捕された。香港警察によると、当該学生の逮捕容疑は、2019年の香港民主化デモ時におけるフェイスブックでの発言や、東京で開催された香港の抗議デモに関する展示会で撮影した写真に関連するものだった。この事態は香港人コミュニティの間で深刻な懸念を呼んでいる。彼女は香港当局にパスポートを没収され、香港警察への定期的な出頭が義務付けられているため、日本に帰国することができない。また日本の大学も、彼女がオンラインで勉強を続けられる環境を整えることはなかった。この事件は、次の点で明確なメッセージを持つ。まず、香港人が過去にSNSに投稿したものは何であれ、香港や中国の当局によって追跡される可能性があることである。このような監視は恐ろしい。また、香港の身分証明書を更新するために香港に戻る場合、日本での言動によって逮捕されるリスクを負うことになる。このような事態に直面し、香港人は本当に香港に戻るべきかどうか考え直さざるをえなくなっている。
香港特別行政区のパスポートが日本の永住権や日本のパスポートを取得する前に失効してしまう状況においては、日本に滞在する見通しを立てる際、一部の香港人は、英国永住権をより早く申請できるBNOビザで英国に移住する以外方法がないかもしれない。香港人が英国に5年間滞在すると、その1年後に英国市民権を申請する資格が与えられる。したがって、香港人は6年で英国パスポートを取得できる。また、若い香港人の中には、2年間滞在して仕事を得た後に永住権を申請できるカナダを選ぶ人もいるかもしれない。カナダ政府による香港人への永住権付与政策はストリームBと呼ばれている。この政策は2021年6月に開始され、教育レベル(大学教育を受けていること)に関する制限は最近解除されており、政策自体は2026年8月まで有効である。英国の政策もカナダの政策も、いずれも非常に寛大なものであるものの、英国やカナダで政権交代が起きた場合、継続される保証はない。
結論
2019年の香港での抗議デモを支持した香港人(抗議デモに直接参加したか、単にデモを支持するコメントをネット上に投稿したかを問わない)で、現在日本に住んでいる人は、香港特別行政区のパスポートの期限が切れた際に、どのように更新するかという課題に直面している。香港特別行政区のパスポートとBNOのパスポートの両方を所持している人は、どちらのパスポートを使って日本に住民登録するかについても考える必要がある。香港特別行政区のパスポートを用いる場合は、期限が切れる前に日本の永住権を取得しなければならない。また、香港の身分証明書を更新する際にも、同じ課題が存在している。2019年の抗議デモや香港の政治状況についてコメントした場合、香港に飛行機で帰国する必要があるが、入国後に逮捕されるリスクに直面する。危険に晒されている他国の市民、特に紛争地域の市民と比べれば、香港人が直面するリスクは確かにはるかに小さい。しかしながら、香港人がパスポートやその他の身分証明書の更新で何の問題にも直面することはないと考えるのは誤りである。筆者は日本政府に対し、日本に住む香港人が直面する上記の問題を検討するよう強く求めたい。特別扱いを求めているわけではないものの、せめて在留カードの国籍欄に「香港」と記載できれば、大きな助けとなるだろう。
【翻訳】
中野 智仁(一橋大学国際・公共政策大学院 修士課程)
2004年からさまざまなNGOで勤務。2000年から2003年までは香港のサウスチャイナ・モーニング・ポスト紙で法廷記者を務める。アムネスティ・インターナショナルの国際事務局で調査員(2013~2020年)を務め、主に中国の人権擁護者や中国の新疆ウイグル自治区における人権侵害を取材。香港を拠点とするChina Human Rights Lawyers Concern Groupの事務局長(2007~2012年)、理事(2012~2020年)、顧問(2021年)を務めたが、香港国家安全維持法の圧力により解散。2009年から2013年までアムネスティ・インターナショナル香港理事、2009年から2013年までIndependent Chinese PEN Center事務局長兼理事。2021年6月から8月までスコットランドのセント・アンドリュース大学中国学科客員研究員、明治大学比較法研究所客員研究員。現在、東京大学客員研究員。また、中国・香港の人権弁護士を支援する英国の「The 29 Principles」理事、列国議会同盟(Inter-Parliamentary Alliance on China: IPAC)理事、日本香港民主連盟監事、アジア弁護士ネットワーク(Asian Lawyers Network: ALN)顧問を務めている。フランスのリヨン大学博士課程に在籍中。