GGR Issue Briefings / Working Papers
性的指向と性自認に関する国際人権規範の形成 ―規範の論争、規範クラスター、アクターの関与
要旨本稿は、国際関係論における規範研究の知見を用いて、性的指向および性自認に関する国際規範(SOGI規範)を分析する。規範の論争、トランスナショナル・アドボカシー・ネットワーク、規範クラスターといった分析概念を用いて、SOGI規範がどのように進展と敵対の両面に直面してきたのかを考察する。まず、暴力からの保護や差別的な法律の撤廃といった、国際人権法下でのSOGIに関する国家の義務の概要を示す。次に、SOGI規範の妥当性が頻繁に論争にさらされ、推進者と反対者の双方がトランスナショナルなネットワークを通じて結びついていると論じる。そのうえで、SOGI規範は国際人権の規範クラスターに組み込まれつつあり、その埋め込みの深化が妥当性をめぐる論争の影響を低減するという可能性を指摘する。続いて、SOGIに基づく暴力および差別に関する国連独立専門家(IE SOGI)の活動に焦点を当て、アクターのアプローチや取り組みを分析する。結論として、一定の進展が見られる一方で、SOGI規範の強度は依然として脆弱であり、政治的な反発や非自由主義的なアクターによる戦略に直面していると論じる。
ミャンマーにおける地震と人道的危機
要旨本稿は、2025年3月28日にミャンマーを襲ったマグニチュード7.7の地震による被害の概況と、それに関連する人道的状況を報告する。地震は内戦下のミャンマーに深刻な被害をもたらしたが、停戦合意にもかかわらず、軍政は市民への攻撃を続けている。パンデミック、クーデターと内戦、サイクロンなど、ミャンマーは過去5年間にたびたび危機に直面してきた。それにもかかわらず、ミャンマー国軍は市民の生命を奪い、人道支援の提供すら妨げている。国際社会は軍事政権に正当性を与えることなく、人道支援を強化すべきである。
ある日本人少年の物語 中国が用いる手法 —情報操作とナラティブ・ジャミング
要旨本稿は、2024年9月18日に中国の深圳で発生した10歳の日本人少年殺害事件を事例に、中国が情報操作として用いた戦略である「ナラティブ・ジャミング(narrative jamming)」について分析する。事件後、中国は有償のインフルエンサーやボットのネットワークを利用し、ソーシャルメディア上で日中関係に関する多様な無関係なナラティブを氾濫させ、本来の事件への注意を意図的に逸らそうとした。この戦略は、歴史的な日中間の緊張、特に第二次世界大戦の記憶を利用し、排外主義的なナショナリズムを煽りながら、中国国内で発生した外国人襲撃事件への注目を回避する目的で行われた。本稿は、2023年と比較して2024年の関連ツイート数が倍増し、特に事件報道のピーク時に集中的にナラティブ操作が行われたことを示し、中国政府の情報操作と透明性の欠如、および外国人の安全に対する懸念を論じる。
2018年沖縄県知事選挙における偽情報に対するカウンターナラティブの考察
要旨本稿は、2018年の沖縄県知事選挙に関してソーシャルメディア上で拡散された偽情報を分析し、それに対抗するカウンターナラティブを考察する。沖縄は歴史的・地政学的背景から偽情報の影響を受けやすい環境にあり、特に県知事選挙では党派性の強い言説が流布する傾向にある。本稿では、2018年の知事選挙において「玉城デニー氏が中国の手下である」という内容の複数の投稿がX(旧Twitter)上で広く拡散された事例を取り上げる。観察された投稿は、事実を拡大解釈して利用し、暴力的な表現を用いて感情を扇動していた。偽情報は、沖縄県知事選に投票する有権者を直接的なターゲットとしつつ、無党派層や日本全体の保守層を対象とする形で拡散され、エコーチェンバーを通じて影響力を強めている可能性がある。このような状況に対抗するため、本稿は二つのカウンターナラティブを提案する。一つは、中間層に向けた「分断が人間関係を損なう」という感情に訴えるナラティブである。もう一つは、保守層に向けた「分断が国の安全保障を脅かす」という視点を強調するナラティブである。これらのカウンターナラティブは、日本国内の既存メディアではなく、海外報道機関の日本語版を通じて発信することが効果的であると論じる。日本の報道機関は読者の政治的立場による偏見が影響しやすい一方で、海外メディアはその影響を相対的に受けにくいと考えられるからだ。
国境を越えて ― 能登半島地震と香港人コミュニティの対応
要旨石川県能登半島地震は、在日香港人から気遣いの気持ちを集めただけでなく、日本香港協会の長年の伝統であるチャリティー活動の恩恵を受けた。この震災を受けて、日本香港協会は直ちに被災地を支援するための義援金キャンペーンを開始した。外部への働きかけと支援をより多く行うため、同協会はソーシャルメディア等を効果的に活用し、国内外にキャンペーンを拡散した。オンラインキャンペーンと並行して、一部の香港人は被災地で直接ボランティア活動に加わり、身体的にも精神的にも支援に尽力した。この出来事は、在日香港人コミュニティの意識も高め、将来起こり得る緊急事態への備えを強化したうえ、日本のコミュニティとの地域的、そして世界的な絆をより強固なものにした。