ミャンマーにおける地震と人道的危機
中島崇裕
(一橋大学大学院法学研究科修士課程)
2025年7月30日
2025年3月28日、マグニチュード7.7の地震が内戦下のミャンマーを襲った。深刻な被害と停戦合意にもかかわらず、軍政による市民への攻撃が続いている。一橋大学グローバル・ガバナンス研究センター(GGR)はこれまでセミナーやワークショップ、イシューブリーフィング、インタビューを通じて、クーデター後のミャンマーの状況を伝えてきた。本ブリーフィングでは、地震と関連する人道的状況を報告する。なお、本ブリーフィングの内容は、国外に退去せざるを得なかったミャンマー人研究者との対話から多くの示唆を得ている。
被害の状況
2025年3月28日、マグニチュード7.7の地震がミャンマーを襲った。震源地は、人口密度の高いミャンマー第2の都市マンダレーと、イラワジ川を挟んで位置する宗教・文化都市サガインの近くにある。北から南に数百マイルにわたってミャンマーを縦断するサガイン断層の活動が今回の地震を引き起こしたとされている。地震はタイ、インド、中国の一部でも観測された。タイ・バンコクで建設中の高層ビルが倒壊した映像は広く報道された[1]。地震後、160以上の余震が発生し[2]、人々は不安な状況に置かれている[3]。
地震の被害は深刻である。ASEAN防災人道支援調整センター(ASEAN Coordinating Centre for Humanitarian Assistance on Disaster Management: AHA Centre)は、4月23日時点で3,800人の死者、116人の行方不明者、5,100人の負傷者、20万7千人の国内避難民を報告している[4]。国連大学水・環境・保健研究所(United Nations University Institute for Water, Environment and Health: UNU-INWEH)の研究によれば、15万7千棟の建物が損害を受け、20万人が住宅を失った可能性があるという[5]。水・衛生・トイレ(Water, Sanitation, and Hygiene: WASH)への被害も深刻で、支援を必要とする人の数は、地震前後で110万人から430万人に増加した[6]。生存者の多くが仮設シェルターに留まっており、悪天候や水系感染症に対し脆弱な状況にある[7]。また、シェルターにおける不安定な生活は特に子どものメンタルヘルスに悪影響を与えていると報告されている[8]。さらにサガイン地域は、ミャンマー全土の国内避難民(Internally Displaced Persons: IDPs)の3分の1にあたる130万人が居住している場所であり[9]、既存の脆弱性が地震によってさらに悪化したと考えられる。インフラに対する被害も深刻である。ヤンゴンとネーピードーを結ぶ高速道路も被害を受けていると報告されており、首都と被災地間の交通が断絶されるリスクがある[10]。宗教施設への被害も深刻である。地震によって、5,000以上の仏塔、3,400の僧院、136のモスク、50のキリスト教会、26のヒンドゥー教寺院、中国寺院1棟といった多数の宗教施設が破壊または損傷を受けたとされている[11]。
ミャンマーにおける過去五年間の危機
ミャンマーは過去5年間にわたって複数の危機を経験してきた。2020年3月に新型コロナウイルス感染症が拡大し始めた。その後、2021年2月1日にミャンマー国軍によるクーデターが発生した。国軍は、総選挙の結果に不正があったと主張しクーデターを起こし、アウン・サン・スー・チー国家顧問らを拘束した。第一波と第二波の新型コロナウイルス感染流行を背景に医療システムが構築されていたものの、軍事政権は医療アクセスへの制限も増加し、2021年の新型コロナウイルスの第三波では最も深刻な被害が出た[12]。
軍事クーデターに対して、全国規模で大規模な抗議デモが発生し、国軍は武力で弾圧し、多くの死傷者が発生した。その後、民主派勢力は国民統一政府(National Unity Government: NUG)を結成し、各民族武装組織と連携して国軍に対する武力抵抗を続け、現在も内戦状態が継続している。反軍事政権勢力の攻勢が続き、軍事政権は地上での支配を失いつつある。BBCは2024年11月時点で、国軍による支配領域は25%を下回っていると報告した[13]。そのような中で、国軍は空爆や砲撃といった遠隔からの暴力の使用を増やしている。アムネスティ・インターナショナル(Amnesty International)によると、2024年上半期の軍事空爆は前年比で5倍に増加した[14]。
このような人為的な災害の最中、2024年にはサイクロン・ヤギがミャンマー中部、東部、南東部を襲った。サイクロン・ヤギは9つの地域・州に影響を与え、89万人が洪水の影響を受け、およそ384人が死亡した[15]。パンデミック、クーデターと内戦、サイクロンによる惨状に追い打ちをかけるように今回の地震が発生した。
軍事政権と地震
地震の被害を受け、2025年4月、軍事政権と反体制派の一部の双方が単独で停戦を発表した。一時的な停戦は、当初4月が期限とされていたものの、5月、そして6月末までと延長された[16]。しかし、停戦にもかかわらず、軍による非軍事目標への空爆はミャンマー各地で続いている。調査機関ベリングキャット(Bellingcat)は、4月2日から22日の間に、少なくとも22の村が空爆による被害を受けたとし、そのうち14の村はサガインかマンダレーだったと報告している[17]。独立系メディアのイラワジ(Irrawaddy)によれば、4月13日から4月16日にかけて行われる新年を祝う祭りであるティンジャン(Thingyan)中に、民間人を標的として少なくとも26回の空爆を行い、少なくとも23人が死亡した[18]。標的の中には、祭りの最中に仏教徒が集う修道院も含まれていた。5月の停戦延長にもかかわらず、サガイン地域の学校が爆撃され、少なくとも17名の学生が死亡した[19]。
軍事政権は、民間人に対する直接的な攻撃に加え、人道支援の受け入れを恣意的に制限することで、人道的被害をさらに深刻化させている。ミャンマーに対する国際的な支援は軍事政権の同意を得る必要がある。軍事政権は、中国からの支援を受け入れた一方で、台湾による救助隊の受け入れを拒否した[20]。ミャンマーにおいて中国が存在感を強めていることが背景にあるのだろう。2025年1月には、中国はミャンマー民族民主同盟軍(Myanmar National Democratic Alliance Army: MNDAA)と国軍の間の休戦を仲介していた[21]。2月には、軍事政権によって中国の「民間警備会社」によるミャンマーでの活動が可能になった[22]。
日本からのミャンマー人道支援
このような状況に対し、日本からも人道支援が政府と市民社会レベルで実施されている。日本政府は、4月2日に国際緊急援助隊医療チーム32名を派遣し、37名からなる二次隊を同月12日からさらに派遣した。4月8日には、医療チームの活動に必要な医療資機材を輸送するために自衛隊機を派遣した。また、600万米ドルの緊急無償資金協力によって、赤十字国際委員会(International Committee of the Red Cross: ICRC)、IOM、国連児童基金(United Nations Children’s Fund: UNICEF)及び国連世界食糧計画(World Food Programme: WFP)を通じて保健・医療、水・衛生及び食料の分野での人道支援を実施している[23]。5月16日には、マンダレー地域の僧院付属学校の人々に対し、給水タンクや緊急避難テント等の緊急支援セットを供与する「草の根・人間の安全保障無償資金協力」の実施を決定したと発表した[24]。
市民レベルでも支援を届ける試みがなされている。ミルクティー同盟日本のメンバーである北角裕樹氏[25]と久保田徹氏[26]が共同で代表を務める「ドキュ・アッタン(Docu Athan)」は、国軍を介さずに市民団体や民主派による支援活動を資金援助し、被災地の状況を伝えるための募金活動を実施している[27]。また、日本国内の市民社会団体も活動を行っている。たとえば、文化交流任意団体の「福岡・ミャンマー友だちの会」は、2025年4月上旬に福岡市天神で募金活動を実施し、2日間で100万円以上を調達した。それらはすべて、軍を介さず現地の被災者に直接届くよう、信頼できるルートで送金した。この募金活動には、両日とも約80人のミャンマー人とともに、九州の教会関係者や現地支援を実施しているアトゥトゥ・ミャンマー・福岡のメンバーも参加した[28]。
結語
ミャンマーを襲った地震の被害は甚大である。ミャンマー国軍は国民の生命を継続的に奪い、人道支援さえも制限している。このような中で、ミン・アウン・フライン国軍司令官は、国軍による支配を正当化するため、2025年の12月あるいは遅くとも2026年1月までに選挙を実施することを計画している[29]。2025年6月には、選挙に先立ち、選挙管理機関の独立性を歪める法律を制定した[30]。国軍は人道的な観点さえも持ち合わせず、自らの延命に固執していることは明らかである。人命・人権を守るため、そして民主主義が歪曲化されないためにも、国際社会は軍事政権に正当性を与える行為を止め、人道支援を強化するべきである。
謝辞
本ブリーフィングを執筆する機会をくださった市原麻衣子教授に心より感謝申し上げます。また、執筆にあたりご助力くださった関係者の皆様にも、深く御礼申し上げます。
[1] 最新情報については、Hollie Cole, “Seventeen arrest warrants issued over Bangkok skyscraper collapse,” BBC (16 May 2025). (https://www.bbc.com/news/articles/c89p7ew45e5o 以下すべてのオンラインソースの最終閲覧日は2025年7月1日) [2] UNICEF, “UNICEF Myanmar Flash Update No. 12 (Earthquake),” UNICEF (9 May 2025). (https://reliefweb.int/attachments/66c6d248-e5d3-4ff0-acc5-7d176769274b/UNICEF%20Myanmar%20Flash%20Update%20No.%2012%20%28Earthquake%29%2C%2009%20May%202025.pdf) [3] UN, “Myanmar quake: Ongoing aftershocks spread fear,” UN News (25 April 2025). (https://news.un.org/en/story/2025/04/1162711) [4] AHA Centre, “Situation Update No. 10: M7.7 Mandalay Earthquake,” AHA Centre (23 April 2025). (https://ahacentre.org/situation-update/situation-update-no-10-m7-7-mandalay-earthquake-23-april-2025/) [5] Manoochehr Shirzaei, Shubham Awasthi, Esther O. Oyedele, Mohammad Khorrami, Nivedita Kamaraj, Susanna Werth, Mir Matin, Kaveh Madani, “Building Damage Assessment of the March 2025 Myanmar Earthquake,” UNU-INWEH (June 2025). (https://unu.edu/inweh/collection/building-damage-assessment-march-2025-myanmar-earthquake) [6] IOM, “Earthquake response situation report: No. 9,” IOM (11 June 2025). (https://crisisresponse.iom.int/sites/g/files/tmzbdl1481/files/appeal/documents/IOM%20Myanmar%20Earthquake%20Response%20Sitrep%20No.%209.pdf) [7] UN News, “Destitution and disease stalk Myanmar’s quake survivors,” UN News (25 April 2025) (https://news.un.org/en/story/2025/04/1162636) [8] Doctors Without Borders, “Beyond the rubble: Mental health needs after Myanmar’s earthquake,” Doctors Without Borders (12 June 2025). (https://www.doctorswithoutborders.org/latest/beyond-rubble-mental-health-needs-after-myanmars-earthquake) [9] Emergency Response Coordination Centre, “Myanmar: Earthquakes,” Emergency Response Coordination Centre, European Commission (n.d.). (https://erccportal.jrc.ec.europa.eu/ECHO-Products/Echo-Flash#/echo-flash-items/28803) [10] IFRC, “Emergency appeal: Myanmar, Asia Pacific, Myanmar Earthquake,” MDRMM023, IFRC (28 March 2025), p.2. (https://go-api.ifrc.org/api/downloadfile/90788/MDRMM023_EA) [11] The Irrawaddy, “Myanmar Authorities Drag Their Feet Over Rebuilding of Mosques, churches,” The Irrawaddy (22 May 2025). https://www.irrawaddy.com/news/burma/myanmar-authorities-drag-their-feet-over-rebuilding-of-mosques-churches.html) [12] Spring Research Team. “The COVID-19 third wave in Myanmar following the military coup,” F1000Research 11-1301 (2023). (https://doi.org/10.12688/f1000research.123450.2) [13] Rebecca Henschke, Ko Ko Aung, Jack Aung, and Data Journalism Team, “Soldier-spies in Myanmar help pro-democracy rebels make crucial gains,” BBC (20 December 2024). (https://www.bbc.com/news/articles/c390ndrny17o) [14] Amnesty International, “Myanmar 2024,” Amnesty International (n.d.). (https://www.amnesty.org/en/location/asia-and-the-pacific/south-east-asia-and-the-pacific/myanmar/report-myanmar/) [15] ACAPS, “Myanmar, Impact of typhoon Yagi,” ACAPS Briefing note, (24 September 2024). (https://www.acaps.org/fileadmin/Data_Product/Main_media/20240924_ACAPS_Myanmar_-_impact_of_Typhoon_Yagi_.pdf) [16] Reuters, “Myanmar junta says extends temporary ceasefire to June 30,” Reuters (3 June 2025). (https://www.reuters.com/world/asia-pacific/myanmar-junta-says-extends-temporary-ceasefire-june-30-2025-06-03/) [17] Pooja Chaudhuri, “Open Sources Show Myanmar Junta Airstrike Damages Despite Post-Earthquake Ceasefire,” Bellingcat (29 April 2025). (https://www.bellingcat.com/news/2025/04/29/open-sources-show-myanmar-junta-airstrike-damages-despite-post-earthquake-ceasefire/) [18] The Irrawaddy, “23 Civilians Killed in Myanmar Junta Airstrikes Over Thingyan,” The Irrawaddy (17 April 2025). (https://www.irrawaddy.com/news/burma/23-civilians-killed-in-myanmar-junta-airstrikes-over-thingyan.html) [19] Reuters, “Myanmar opposition says junta airstrike kills 17 school children,” Reuters (12 May 2025). (https://www.reuters.com/world/asia-pacific/myanmar-opposition-says-junta-airstrike-kills-17-school-children-2025-05-12/) [20] Su Mon Thant, “Myanmar earthquake: Why the junta has turned away aid,” The Interpreter (2 May 2025). (https://www.lowyinstitute.org/the-interpreter/myanmar-earthquake-why-junta-has-turned-away-aid) [21] AP, “China says it brokered a ceasefire between Myanmar army and an ethnic rebel group,” AP (21 January 2025). (https://apnews.com/article/myanmar-ceasefire-china-84fe105c209be4fc482a04628733e4c5) [22] Maung Kavi, “Junta Passes Law Allowing Chinese Security Firms to Operate in Myanmar,” The Irrawaddy (19 February 2025). (https://www.irrawaddy.com/news/myanmar-china-watch/junta-passes-law-allowing-chinese-security-firms-to-operate-in-myanmar.html) [23] 外務省「国際緊急援助隊・医療チーム2次隊の派遣及びミャンマーにおける地震被害に対する緊急無償資金協力」外務省報道発表(2025年4月11日)。(https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/pressit_000001_02010.html) [24] 外務省「ミャンマーにおける地震被害を受けた学校に対する緊急支援セットの供与(草の根・人間の安全保障無償資金協力の実施)」外務省報道発表(2025年5月16日)。(https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/pressit_000001_02145.html) [25] チョン・ミンヒ「私は東京に住むヤンゴン市民です -ジャーナリスト北角裕樹氏インタビュー」GGR Issue Briefing No. 65 (2024年4月25日)。(https://ggr.hias.hit-u.ac.jp/2024/04/25/i_am_a_yangon_citizen_living_in_tokyo/) [26] チョン・ミンヒ「あなたたちも一緒につかまってくれる?」GGR Issue Briefing No. 90 (2025年2月18日)。(https://ggr.hias.hit-u.ac.jp/2025/02/18/will-you-all-be-arrested-with-me/?hilite=%E4%B9%85%E4%BF%9D%E7%94%B0%E5%BE%B9) [27] Docu Athan「ミャンマー大地震、ご寄付のお願い:軍政を通さない着実な支援のために」Docu Athan(n.d.)。(https://www.docuathan.com/earthquake) [28] ミャンマー研究者との会話からこの情報を得た。 [29] Bryony Lau, “Myanmar Junta’s Farcical Plans for elections,” Human Rights Watch (11 March 2025). (https://www.hrw.org/news/2025/03/11/myanmar-juntas-farcical-plans-elections) [30] Maung Kavi, “Myanmar Junta Changes Election Law Ahead of Polls,” The Irrawaddy (20 June 2025). (https://www.irrawaddy.com/news/burma/myanmar-junta-changes-election-law-ahead-of-polls.html)
一橋大学大学院法学研究科修士課程。専攻は国際関係論、研究関心は国際規範、民主主義・人権、LGBTQ+の権利。2022年から一橋大学グローバル・ガバナンス研究センター(GGR)でリサーチアシスタントを務める。また、2024年からは、LGBTQ+の学生とアライが利用できる一橋大学のセーファースペースの運営に携わる。