民主主義・人権プログラム
中国・ジョージア関係 ―チェスボードの新たな一手か?
出版日2024年4月9日
書誌名Issue Briefing No. 61
著者名アナ・ドリツェ
要旨 2024年1月13日、ジョージア与党のハイレベル代表団が中国を訪問した。中国とヨーロッパを結ぶ中央回廊イニシアティブ(Middle Corridor Initiative)に関連して、中国とのつながりを強化することを目的としていた。ジョージアが支持するこのイニシアティブは、ロシアを経由する北ルートが困難になったことでより一層重要性を増した。中国は、一帯一路構想への投資と参画を通して、ジョージアで活発に活動している。今回の訪問は、2023年の戦略的パートナーシップ声明の後に続くものであり、重要な節目となった。しかし、パートナーシップの具体的な性質は未だ漠然としており、ジョージアの外交政策の優先事項はロシアと西側の同盟国との関係に重点が置かれている。声明は政治的・経済的・文化的紐帯を深めることを目的とするものの、実質的な成果は不明瞭だ。コーカサス地域に対する歴史的な関心を念頭に置くと、ロシア、米国、トルコといった他の地域プレイヤーを考慮することが重要となる。ジョージアの中国への転換は外交政策のアプローチの変化を表している。しかし、コーカサスの複雑な地政学的ダイナミクスの中で、二国間関係への影響は不明瞭なままだ。
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中国・ジョージア関係 ―チェスボードの新たな一手か?

アナ・ドリツェ
(ラブダン・アカデミー准教授)
2024年4月9日

新たな展開とその背景

2024年1月14日、新年の始めに、ジョージアの与党である、ジョージアの夢(Georgia Dream)のハイレベル政治代表団が中国への公式訪問に出発した。政府関係者によると、この訪問は中国が主要な利害関係者である中央回廊イニシアティブ(Middle Corridor Initiative)の実施に関連したものだという。ジョージアは、中国とヨーロッパを結ぶ輸送回廊である中央回廊構想を推進してきた。この回廊の目的は、中国とヨーロッパを最短15日で結ぶルートとして機能することにある。構想自体は以前からあったものの、ロシア・ウクライナ戦争の影響でロシアを経由する北ルートでの輸送が困難になったため、中央回廊のアイデアが有力視されるようになった

訪中はメディアの注目を集め、中国政府関係者からも好意的なコメントが寄せられた。ジョージアにおける中国の活動は今に始まったことではない。例えば中国の投資はかなり以前から活発に行われてきた。ジョージアは一帯一路構想に積極的に参加しており、中国企業はジョージアで活発に活動している。またジョージアは、ユーラシア諸国の中で中国と自由貿易協定を最も早く締結した。2015年に始まった交渉は速やかに完了し、2017年に協定が締結された。ジョージアはさらに、多くの人々が参加するトビリシ・シルクロード・フォーラム(Tbilisi Silk Road Forum)を開催している。

とはいえ、ハイレベル代表団の訪問は、ジョージアと中国が2023年夏に戦略的パートナーシップ声明に署名して以降初めてのことだった。今回の訪中は、戦略的パートナーシップ声明の実施に向けた一歩であり、ジョージア=中国関係の新たな節目を象徴するものだ。実際、両国首脳の共同声明には、「双方は、二国間関係を戦略的パートナーシップに格上げすることを決定した」とある。しかし、戦略的パートナーシップの意味は漠然としており、具体性を帯びるには至っていない。

戦略的パートナーシップが意味するもの

中国とのハイレベル戦略的パートナーシップによって、ジョージアの外交政策は新たな局面に突入したように思われる。経済分野での中国との協力は既に確立されていたものの、声明はそれを超えて、政治、文化、国際的なガバナンスを含むものであり、従来とは明確に異なっている。対外政策戦略(Foreign Policy Strategy)や国家安全保障戦略(National Security Strategy)をはじめとして、どのジョージアの外交政策文書を見ても中国との関係深化は優先事項として掲げられていない。例えば、国家安全保障構想(National Security Concept)では、ロシアとの関係正常化が優先事項であるとともに、北大西洋条約機構(North Atlantic Treaty Organization: NATO)、欧州連合(European Union: EU)、南コーカサス諸国、米国、ウクライナ、トルコとの関係深化が列挙されている。中国との関係については、「ジョージアは、貿易と投資を促進し、ジョージアへの国際的支援を生み出すために、中国、日本、韓国、イスラエルとの政治対話と経済関係を深めることを非常に重視している」と、日本、韓国、イスラエルなどと並んで、他のすべての国のリストの中でわずかに言及されているに過ぎず、主に経済関係や貿易に焦点が当てられている

事実、2020年に議会令によって採択されたジョージアの外交政策文書(Foreign Policy document)は、国家安全保障構想の文言を再確認し、ジョージアが米国や他の西欧諸国との「戦略的パートナーシップ」を強化することを目指すと記している。中国との関係は、イスラエルや日本といった他の国と並んで言及されており、その目的は「貿易と人的関係の深化」である。ジョージア議会では、中国との戦略的パートナーシップの深化がジョージアの外交政策の優先順位に影響を与えるかどうかという質問があったが、それに対し外務大臣は、優先順位は変わっていないと応答した。

戦略的パートナーシップ声明には、近代化と統治に対する中国のアプローチを共有することや政治協議に参加することをジョージアが求めるなど、両国の関係における新たな課題が盛り込まれた。また、ジョージアが中国のグローバル安全保障イニシアティブ(Global Security Initiative)とグローバル文明イニシアティブ(Global Civilization Initiative)を支持していること、ジョージアと中国が「新しいタイプの国際関係」の構築を目指していることといった、曖昧な表現も見られる。さらに、言語教育、文化・科学・教育交流、科学的知識の共有を含む文化面での関係深化に関する計画にも言及している。さらに、2023年7月のイラクリ・ガリバシヴィリ首相(Irakli Garibashvili)の訪中は、ジョージアの高官による史上初の中国訪問であり、両国関係の重要性を示唆している。また、戦略的パートナーシップの実施を示すように、中国人に対するビザが廃止された。

中国との接近政策は、ロシア・ウクライナ戦争が始まった後に、ジョージア政府が比較的最近採用したマルチベクトル政策の一部であるように思われる。この政策は構想文書にはないものの、政治的演説の中で表明された。ジョージアと西側諸国との関係の重要性を相対化する一方で、他の大国への働きかけを強化することを目的としている。この転換は、特に経済関係や観光に関するジョージア政府の動きに顕著に表れている。したがって、2023年以降に目立つようになった中国との緊密な関係は、ジョージアの戦略的ヘッジングの一部であるようだ。

外交的パートナーシップを超えて? ―地域的ダイナミクスの中の中国

しかし、ここで真に問うべきは、新たに構築された戦略的パートナーシップが、実際のプログラム、投資・貿易取引、分野別条約といった実利的なアウトプットとして実際に具現化されるか否かということだろう。最近まで、中国と中国企業はジョージアで積極的に活動してきたが、その曲線は上向きに伸びているわけではない。ビジネス関係も学術関係も、安定はしているものの中程度のレベルに留まっている。中国は、ジョージアにとって第三位の貿易相手国であるが、これはほとんどの西欧諸国にも当てはまる。中国の建設会社のプレゼンスは、ジョージアへの投資と同様に、長期的に安定している。中国との実際の関係が、外交レベルと同じ程度に変容するかどうかが問題なのである。

ただし、他の地域プレイヤーの役割とそれらの諸国のコーカサスに対する考え方に、留意する必要がある。歴史的に見て、過去二世紀の間、ロシアはジョージアを「近隣国(neighborhood)」の一部とみなし、この地域で支配的な大国であり続けることに強い関心を示してきた。米国はジョージアの独立以来、ジョージアに積極的に関与し、ジョージアの発展や戦略的パートナーシップの構築に多大な投資を行ってきた。また、ジョージアは現在、EUの加盟候補国であり、EUはジョージアの改革を支援するために巨額の資金を支出するとともに、地政学的な関心を示している。さらには、NATO加盟国で、次第に重要な地政学的なプレイヤーとなってきているトルコの歴史的役割も重要だ。1921年にジョージアがソ連に併合される以前、ロシアとトルコはジョージアの領土をめぐって活発に争っていた。したがって、中国が新たな国際的役割の追求の一環としてジョージアへ積極的に進出することを決定したとしても、それは、ジョージアだけでなくコーカサス全体における他の重要な国家の国益を考慮して初めて可能となるのである。

【日本語翻訳】
中島 崇裕(一橋大学大学院法学研究科修士課程)

プロフィール

司法を監督する政府機関であるジョージア司法高等評議会のメンバーとして活動し、司法改革を提唱。評議会任命以前は、ジョージア大統領の首席法務官を務めた。この職務において、過去最多となる6件の大統領拒否権を議会に提出。2015年から2016年にかけては、国防副大臣として軍事教育と退役軍人のリハビリテーションを担当。それ以前はウェスタン・オンタリオ大学(University of Western Ontario)法学部准教授を務める。セーブ・ザ・チルドレン(Save the Children)、ヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights Watch)、プロジェクト・ハーモニー(Project Harmony)で勤務し、ジョージア最大のアドボカシー団体であるジョージア青年弁護士協会(Georgian Young Lawyers’ Association)の会長を務めるなど、学術、専門、NGOでの経験を兼ね備える。また、アトランティック・ブリュッケ(Atlantic Brucke)から「若手欧州リーダー(Young European Leader)」、中東優秀賞研究所(Middle East Excellence Awards Institute)から「グローバル女性リーダー(Global Woman Leader)」、ノルウェー・ヘルシンキ委員会(Norwegian Helsinki Committee)から「バリケードの上に立つ女性(Women on the Barricades)」として世界12人の女性の中から表彰されている。ノースカロライナ州のデューク大学(Duke University)、マドリードのヘルシンキ・エスパーニャ・ヒューマンディメンション(Helsinki España-Human Dimension)、パリのソルボンヌ大学(Sorbonne University)、ニューヨーク州のエルミラ最高警備矯正施設(Elmira Maximum Security Correctional Facility)など、国際的に講演活動を行っている。国際法と法の支配に関する3冊の著書と多数の学術論文がある。