民主主義・人権プログラム
偽情報は世界最大の民主主義国をいかに蝕むか
出版日2024年3月29日
書誌名Issue Briefing No. 60
著者名ニランジャン・サフー(Niranjan Sahoo)
要旨 インドは世界最大の民主主義国家であるにもかかわらず、新型コロナウィルス感染症(以下、コロナ)流行初期にフェイクニュースが急増するなど、重大な偽情報の危機に直面している。最近では、国民の半数以上が偽情報にさらされており、偽情報はインド国内の膨大なインターネット・ユーザーによって増幅されている。フェイクニュースの拡散には、与党インド人民党(Bharatiya Janata Party: BJP)の支援を受ける右派インフルエンサーが大きく寄与している。彼らはSNSを用いて分断を導くナラティブを広め、政敵を標的にしている。これは国内の緊張、特に宗教的少数派に対する憎悪感情を高めるだけでなく、インドの民主主義を弱体化させている。ファクトチェッカーや政府による一定の対策はあるものの、インドにおける偽情報対策は依然として一筋縄ではいかない。
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偽情報は世界最大の民主主義国をいかに蝕むか

ニランジャン・サフー(Niranjan Sahoo)
(オブザーバー・リサーチ財団シニアフェロー)
2024年3月29日

はじめに

最近、ある著名なソーシャルメディア・アナリストがインドを世界における偽情報の首都と呼んだ。最近の多くの調査や報告が、この言葉を裏付けている。最近の調査によると、新型コロナウィルス感染症パンデミック期(2020~21年)にフェイクニュース/誤情報(misinformation)が過去最高の214%増加したという。世界138カ国の偽情報(disinformation)動向を調査したカナダのアルバータ大学(University of Alberta)の有力研究者は、コロナ関連の偽情報の最大の発信地としてインドを挙げた(フェイクニュースの6件に1件はインド発)。また、最新の報告書によると、インドでは57%もの人々がフェイクニュースや誤情報にさらされているという。多くの場合、編集された動画や偽のメッセージがSNSで共有され、しばしばWhatsAppやFacebookを介して、分極化、コミュニティ間の憎悪、集団暴動、リンチ、個人やグループ、特に脆弱なマイノリティへの組織的な標的化を引き起こしている。注目すべき点は、長年に渡って集団間で緊張が続き、多様性が深く民族的に脆弱なこの国において、政治家や政党が、フェイクニュースや偽情報を武器にして集団間の分極化をもたらし、選挙の配当を得る事例が増えていることだ。

インドはなぜ偽情報の首都になったのか?

ここ数年、オンライン・ユーザーが爆発的に増加し、携帯電話のデータ料金が大幅に下がったことで、インドではフェイクニュースや偽情報が急増している。14億人を超える人口を抱えるインドでは、さまざまな媒体を利用してコミュニケーションを図るSNSユーザーが圧倒的に多い。最新の数字によると、インド国内のアクティブ・インターネット・ユーザーは8億3,000万人を超えている。最も人気のあるSNSは、Facebook、Twitter(現X)、WhatsApp、YouTubeである。最新のデータでは、インドはFacebook(4億人以上のアクティブユーザー)とWhatsApp(5億人の熱心なユーザー)にとって最大の市場となっている。8億人以上の人々がスマートフォンを持ち、安価にインターネットが利用できるインドでは、フェイクニュースや偽情報が産業規模で発生している。これは、他の大国では見られないほどの規模といっていい。

しかし、数字は全てを語らない。偽情報の主な原因は、右派のソーシャルメディア・インフルエンサーだ。あらゆる政治イデオロギーがフェイクニュースや偽情報を利用して自分たちのナラティブを宣伝し、自らのアジェンダを押し進めるが、インドの偽情報拡散の中心には、右派ナショナリズムの急速な台頭がある。これはますますグローバルな現象になっているが、Facebook、X、TikTok、YouTube、Instagram、RedditなどのSNSは、極右勢力が世界的・地域的に意欲的なコンテンツを積極的に発信する力を飛躍的に高めているのだ。インドの場合、2014年に右派政党インド人民党(Bharatiya Janata Party: BJP)が全国レベルで選挙を席巻して以来、右派ナショナリストが脚光を浴びるようになった。BJPは2014年の選挙で、増大するインターネット人口、特に若者を取り込むために印象的なSNSキャンペーンを展開した。また、充実したITインフラを構築するために多額の投資を行い、研修を受けた何千人ものサイバー専門家を配備することによって、支持者を獲得すると同時に敵対勢力を標的にした。さらにBJPは、フェイクニュースや分裂を招くナラティブを拡散することを得意とする何千人ものSNSインフルエンサーや支持者を育成・支援し、党が選挙で利益を得るよう仕向けてきた。

近年の研究によれば、このような偽情報や分極化キャンペーンは、選挙においてBJPが敵対勢力に対して優勢となることに貢献している。BJPのオンライン支持者は、ミームやゴシップ、荒らし、皮肉、書き込み、そしてしばしばフェイク動画を用い、インターネット上で政敵や特定のグループ、党に批判的な個人を標的にする。そして、BJP支持者の多くはソーシャルメディアのインフルエンサーであり、コンテンツをFacebook、X、Instagram、WhatsAppといった人気の高いSNSに掲載する。右派のエコシステムが発信する偽情報は、主要野党(インド国民会議)、イスラム嫌悪、反パキスタン的見解、多数派コミュニティ(ヒンズー教徒)の不安の拡散などに焦点を当てている。他の政党やグループもフェイクニュースや陰謀論の拡散に注力しているが、右派ナショナリストの偽情報拡散能力は他の追随を許さない。Redditが数千のアカウントを調査したところ、誤情報やプロパガンダの発信源として確認された親BJP派のアカウントが過去最高の17,779件だったのに対し、インド国民会議派は147件にとどまった。つまり、インドでは右派のエコシステムがフェイクニュースの作成・拡散を圧倒的に支配している。さらに右派グループの偽情報戦はインドだけに限らないことに注意する必要がある。何年にもわたり、ヨーロッパやアメリカのインド人ディアスポラの間にも偽情報は広がっているのだ。

さらにヒンドゥー右派は、イスラエルを含むさまざまな国で、多くの極右グループや反イスラムグループと共通の大義名分を築いてきており、それを明確に示しているのが、イスラエル・パレスチナ紛争だ。2023年10月7日にハマスがイスラエルを残忍に攻撃した直後、SNS、特にXはフェイクニュースや誤情報で溢れかえり、戦争の霧はすぐに多くの政府において最高レベルにまで達した。しかし、この紛争で最も爆発的に拡散した偽情報のいくつかは、インドの、特に右派SNSインフルエンサーや活動家に端を発していた。人気ファクトチェックアプリのBoomによると、イスラエル・パレスチナ紛争が本格化すると、インドから何十ものアカウントがXに誤解を招くようなメッセージを流布し始めた。右派とつながりの深い人気ジャーナリストがXに、ハマスが妊婦を解剖して胎児を殺害した疑惑など、ハマスによる犯罪について投稿した。この偽動画の投稿は瞬く間に2万回以上シェアされ、1000万人以上が閲覧した。右派エコシステムに近い別のアカウントは、パキスタンの有名な政治家がイスラエルを核爆弾で消滅させると脅迫する動画をXに投稿した。100万回近く再生されたこの投稿は、2021年の投稿であることが判明している。右派イデオロギーと密接なつながりを持つSNSインフルエンサーによって、(4ヶ月の紛争を経ても)限りなく多くの偽情報が投稿され続けている。

ここで本質的な問題は、イスラエル支持を強く主張する誤情報もしくは偽情報が、なぜインドからこれほど多く生じているのかということだ。インドは長年にわたって二国家解決策を支持してきたが、右派のヒンドゥトヴァ・グループ(Hindutva groups)がイスラエルへの強い支持とパレスチナへの強い嫌悪を維持してきたことを考えれば、これは驚くべきことではない。右派の支持者たちはイスラエルを理想とし、イスラム教徒との付き合い方において見習うべき模範と見なしている。要するに、ヒンドゥー右派とシオニストを結びつけているのはイスラム教徒への嫌悪感なのだ。したがって、その多くがインドから発信される偽の反パレスチナ・親イスラエル投稿が乱立しても、誰も驚かないはずだ。しかし、「#IslamisTheProblem(イスラムが問題だ)」のようなトレンド・ハッシュタグを使った偽情報の規模と激しさは、民主主義とイスラム教を対立させ、言論の自由にも影響を及ぼしている。例えば、イスラエル支持派の集会は歓迎された一方で、多くの州政府はパレスチナ支持派の集会を禁止するか、警察が強硬手段を使ってそうした連帯の試みを抑圧した。

しかし、イスラエルとハマスの紛争の初期に右派のインフルエンサーが流した誤情報の量と程度は、氷山の一角にすぎない。右派のSNSユーザーは、特にマイノリティ(特にイスラム教徒)に対する偽の悪意ある情報を公然と、数えきれないほど拡散しており、深刻な状況を引き起こしている。

コロナと偽情報の氾濫

2020年初頭のコロナパンデミックの到来は、フェイクニュースや誤情報の氾濫を目の当たりにし、インドはコロナ関連偽情報の主要発信地になった。この情報戦で最も憂慮すべき点は、多くの投稿が少数派のイスラム教徒に向けられ、イスラム教徒に感染拡大の責任を押し付けたことだ。これは、2020年3月にデリーで開催されたタブリーグ・ジャマート(Tablighi Jamaat)と呼ばれるイスラム宣教師の集会が物議を醸したことに関連しており、多くのアナリストは、この集会がインド各地でのコロナ感染者の急増につながったと主張している。この集会に関するニュースが新聞やオンライン・メディアで報道されると、右派のSNSユーザーによって、フェイク動画、悪意のあるストーリーやメッセージ、陰謀論が拡散された。また1000ものWhatsAppグループが、タブリーグ・ジャマートをウイルスの媒介者として描写し始めた。

さらに、コロナにより隔離しているタブリーグのメンバーが、感染を広げる目的で医師や看護師などの医療従事者に唾を吐きかける様子を撮影した加工ビデオが氾濫し始めた。しかし、ファクトチェックの結果、この映像は、少数派コミュニティを病気の媒介者として描き、それによって多数派コミュニティ間におけるイスラム嫌悪感を強めるために、有名政党のアカウントによって加工されたものであることが判明した。それにもかかわらず、このフェイクニュースによって多くのSNSインフルエンサーや有名人までもが「CoronaJihad(コロナ・ジハード)」や「CoronaVillains(コロナ悪人)」といったハッシュタグをつけ始め、一部の人の過ちのためにイスラム・コミュニティ全体が中傷される事態となった。さらには、検疫所で当局がイスラム教徒の若者をウイルスに感染させようと画策していることを示唆する、多くのねつ造ビデオや偽のメッセージがイスラム・コミュニティ間で意図的に拡散された。これらのメッセージは、イスラム教徒に対する執拗な攻撃と相まって、インドールや他の都市で医療従事者に対する暴力につながった。

偽情報とヘイトクライムの増加

右派エコシステムによって拡散された偽情報の主な影響として、インドでは宗教的マイノリティやその他周縁化された人々に対するヘイトクライムが増加している。何百万人もの支持者やイデオローグ(活動家)を通じて、誤情報や偽情報(集団憎悪や偏見)を産業規模で拡散するこのエコシステムは、ネットいじめの増加や、少数派に対するヘイトクライムの発生につながっている。ヘイトスピーチ、誤情報、そして分断的なレトリックは、集団間衝突やリンチ、その他の形態の暴力を定期的に発生させているのである。インドのテレビ局であるNDTV(New Delhi Television)が作成したVIPによるヘイトスピーチに関するデータセットによると、BJPが中央政権に就いた2014年からの4年間で、高位政治家によるヘイトスピーチの使用はほぼ5倍に増加している。国会議員、大臣、州議会議員、あるいは首相が、偏見に満ちた言葉であれ、暴力を呼びかける言葉であれ、ヘイトスピーチをしない日はない。これに明らかに拍車をかけているのは、右派活動家とその信奉者たちが、複数のSNSやテレビチャンネルを通じて、フェイクニュースや誤情報を野放図に拡散していることだ。

結論と今後の展望

結論として、インドの市民的・民主的空間は、誤情報や偽情報の氾濫によって汚染されている。これは、多様性に富む多民族社会の社会構造と友愛関係に深刻なダメージを与えている。そして宗教的少数派を生贄にして中傷する危険なナラティブを含む、フェイクニュースや陰謀論の野放図な流通は、社会集団間の反感を高めている。その主な結果が、マイノリティに対するヘイトクライムの増加である。生成AIやディープフェイクといった革新的技術の出現により、誤情報や偽情報はインドの民主主義の健全性や主要機関の信頼に影響を与え続けるだろう。

フェイクニュースや偽情報は、インド当局にとって大きな社会問題となっている。最近、インド最高裁長官はこの脅威を深刻に受け止め、トロール軍団やフェイクニュースの作成者を非難するとともに、不安定化する傾向を抑制するための効果的な法律と厳格な措置を求めた。政府をはじめとする主要な利害関係者の間では、誤情報の無制限な拡散がもたらす課題について認識が高まっているが、(法律を含む)協調的な行動の実施はまだ非現実的である。国家機関は、人々がフェイクニュースの餌食にならないために勧告や説明、あるいは散発的な警告を発している場合がほとんどだ。場合によっては、中央政府や州当局は、インド刑法の条項や扇動法まで使って扇動的なニュースを拡散したり、特定のコミュニティ間に不調和を作り出していると思われる人々を罰したり逮捕したりしている。実際、内務省のサイバー犯罪ポータルは、フェイクニュースを取り締まるよう州当局に繰り返し勧告を出している。しかし、こうした措置は違反者を抑止することはできていない。フェイクニュースにつながる構造的な要因の多くは依然として解決されていないのだ。その多くは、現行の情報技術(Information Technology: IT)法が対処すると想定されているにもかかわらずだ。そのような中、偽情報や最近のディープフェイク事例を深刻に受け止めた連邦政府は、偽情報を抑制するための新しいIT規則を提出した。

しかしながら、個人やメディア・プラットフォームは自発的にファクトチェックを進めており、希望をもたらしている。このようなファクトチェックのエコシステムは、テレビの専門番組や、タイムズ・ファクトチェック・イニシアティブ(Times Fact Check initiative、タイムズ・オブ・インディアグループのベンチャー)、インディア・トゥデイ(India Today)の「反フェイクニュースの戦場(Anti Fake News War Room)」といった主流メディア内のセクション、あるいはコロナパンデミックの際に活躍したアルト・ニュース(Alt News)やクイント(Quint)、ブーム・ライブ(Boom Live)といったイニシアチブで構成されている。しかし、これらの取り組みは、インドの民主主義と社会を混乱に陥れる偽情報のほんの一部にしか対処できない。偽情報の規模は、言語、文化、政治の多様性とも相まって、ファクトチェック作業を複雑にしている。そうした中でも、増大する脅威に直面して、前例のない規模での多方面にわたる政府と社会による行動が求められている。

【日本語翻訳】
中野 智仁(一橋大学国際・公共政策大学院修士課程)
中島 崇裕(一橋大学法学部学士課程)

プロフィール

ニューデリーの大手シンクタンクであるオブザーバー・リサーチ財団(Observer Research Foundation:ORF)シニアフェロー。現在は、南アジアの民主主義とガバナンスに関するORFの研究とプログラムを主導している。フォード・アジア・フェローシップ(Ford Asia Fellowship 、2009年)、サー・ラタン・タタ・フェロー(Sir Ratan Tata Fellow、2010年)を受賞し、現在はソウルのアジア民主主義リサーチネットワーク(Asia Democracy Research Networkの地域コーディネーターを務める。デリーのマルチレベル連邦主義センター(Centre for Multilevel Federalism)客員シニアフェローでもある。