民主主義・人権プログラム
2023年スペイン総選挙 ― 極右含むポピュリズムの後退と世界の自由民主主義への教訓 ―
出版日2023年10月19日
書誌名Issue Briefing No. 41
著者名加藤伸吾
要旨 本稿は、2023年7月23日に実施されたスペインの総選挙、特に下院の選挙結果及びその前後の状況についてのブリーフィングと、その結果が国内外に持つインプリケーションについての検討を行うものである。概況としては、どの政党も下院350議席の過半数176議席を取ることができず、連立政権を目指すにせよ単独与党で閣外協力を仰ぐにせよ、政党間の政権協議が不可欠となっている。今後のシナリオとしては、選挙前与党の左派連立が2期目に入る確率が少々高いと見られるが、政権協議不調による出直し総選挙の可能性も否定されない。選挙結果の一つの特徴としては、左右特に右派系のポピュリズム政党の後退が挙げられる。リーマン・ショック後のスペイン政治は、他の西欧あるいは先進諸国と、程度やイシューの差こそあれ、同様に両極化(polarization)の様相を示しており、それはポピュリズム政党の伸長と並行していたが、今回総選挙ではその「対立疲れ」が選挙民の間で見えたものかもしれない。これに加え、地方議会選挙での極右進出から間髪入れずに行われた前倒し総選挙のタイミングは、両極化と極右進出に各国の自由民主主義体制が向き合う上での実践例として参照されて良い事例となる可能性がある。
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2023年スペイン総選挙 ― 極右含むポピュリズムの後退と世界の自由民主主義への教訓 ―

加藤伸吾
(慶應義塾大学経済学部専任講師)
2023年10月19日

はじめに

本稿は、2023年7月23日に実施されたスペインの総選挙、特に下院の選挙結果と、その前後の状況についてのブリーフィングである。

概況としては、どの政党も下院350議席の過半数176議席を取ることができず、連立政権を目指すにせよ単独与党で閣外協力を仰ぐにせよ、政党間の政権協議が不可欠となっている。今後のシナリオとしては、選挙前与党の左派連立が2期目に入る確率が少々高いと見られるが、政権協議不調による出直し総選挙の可能性も否定されない。

以下、総選挙に至る背景と総選挙結果を示した後、今後あり得る複数のシナリオを検討、また今回のシナリオが持つスペイン国内外への含意について述べる。

背景 —2023年5月地方選挙での極右台頭

今回の総選挙は、現ペドロサンチェス首相(Pedro Sánchez、スペイン社会主義労働者党(Partido Socialista Obrero Español: PSOE))の任期満了に伴うものではなく、サンチェス首相が現行憲法115条に規定される上下両院の解散権を行使したものである。理由はシンプルで、2023年5月28日に実施された地方議会選挙の結果、極右含む右派連立政権が多数の自治体で誕生する見込みとなったからである。

このサンチェス首相の対応は、地方選挙実施の翌29日朝、間髪入れずに実施された。朝一番で国王と会談後、緊急記者会見を開き解散総選挙がアナウンスされたのである。

5月の地方選結果は、西欧各国のメディアでも大きく取り上げられた。フランスでのマリーヌ・ル・ペン(Marine Le Pen)率いる国民連合(Rassemblement National: RN)やドイツでのAfD(Alternative für Deutschland、ドイツのための選択肢)の支持拡大、イタリアのメローニ(Giorgia Meloni)政権成立などとあわせ、西欧先進諸国での極右勢力の進出がスペインにも及んだものとして報道された。またその後、自治州と市の両レベルの地方議会で、伝統的全国政党であり保守系の国民党(Partido Popular: PP)と、2014年設立の極右政党VOX、特に後者が躍進、PPとVOXの連立地方政権が多数の自治体で誕生した。国と県の中間に位置する最大の自治単位である17の自治州のうち、4つがPPとVOXの右派連立自治州政権となった。

その後の総選挙結果予想では、マスメディアや公立調査機関による世論調査に基づき、この右派連立が優位で下院過半数を制するとの予想が多かったが、次第に左派連立与党側の巻き返しも見られた。極右の国政での与党入りへの警戒感を煽る形で、棄権や投票先未定の中間層を掘り起こす選挙キャンペーンが展開された。

総選挙結果と分析

各党の議席配分と概要については、表1をご覧いただきたい。

表1  2023年7月23日スペイン総選挙結果

(投票率:70.40%(前回2019年11月:66.23%))

会派名(略称)/
会派代表名
今回
議席数
選挙前
議席数
政党・会派の概説
PP/A.フェイホー総裁 137 89 フランコ(Francisco Franco)体制出身者を中心とする右派政党国民連合(Alianza Popular:AP)が1989年発展的に解消し設立。00年代までPSOEと共に二大政党を形成。
PSOE/P.サンチェス書記長・暫定首相 121 120 1879年設立。00年代までPPと共に二大政党を形成。スマールと共に現暫定与党。
VOX/S.アバスカル総裁 33 52 2006年設立の極右社会運動組織スペイン国民防衛財団(Defensa de la Nación Española: DENAES)が2013年に政党化。
スマール/Y.ディアス党首・暫定第一副首相 31 38 前身は2014年設立の社会運動系左派ポピュリスト新政党のポデモスと、スペイン共産党(Partido Comunista de España: PCE)系政党連合の統一左派(Izquierda Unida: IU)が合流した政党連合・ウニーダス・ポデモス(Unidas Podemos: UP)。今回は、ポデモスから以前分裂し前回総選挙までは別会派だったマス・パイースも連合対象とした。党名は「結集する」を意味する動詞sumarより。PSOEと共に現暫定与党。公認候補者数などをめぐり、ポデモス系とIU系の勢力争いが総選挙に前後してあり、ディアス率いるIU系が制した。
カタルーニャ共和左派(ERC)/G.ルフィアン下院議員 7 13 カタルーニャ独立主義穏健派。1931年設立当初から一貫してカタルーニャ独立を掲げるが、民主化後のカタルーニャ自治州でPSOE系のカタルーニャ社会党(Partit dels Socialistes de Catalunya: PSC)とIUと連立を組むなど現実路線。カタルーニャ自治州現与党。
ジュンツ/M.ノゲーラス下院議員 7 8 カタルーニャ独立主義急進派。2020年結成。独立を目指す社会運動とカタルーニャの伝統的保守政党・集中連合(Convergència i Unió: CiU)の独立支持派が合流して結成。2010年以降のカタルーニャ独立運動では一時期ERCも含めた独立派政党連合ジュンツ(旧)を形成したがその後解消。党名はカタルーニャ語で「共に」を意味するjuntsより。
ビルドゥ/M.アイスプルーア下院議員 6 5 バスク独立主義・経済左派政党。2012年設立。1959年にバスク・ナショナリスト党(Partido Nacionalista Vasco: PNV)から分離した極左バスク独立主義テロ組織・祖国バスクと自由(Euskadi Ta Askatasuna: ETA、2017年解散)との人的連続性あり。党名はバスク語で「結集」を意味するbilduより。
バスク・ナショナリスト党(PNV)/A.エステバン下院議員 5 6 バスク地域ナショナリズム穏健派(自治権拡大路線)・経済右派政党。1895年設立、バスク自治州現与党。キリスト教民主主義。
ガリシア・ナショナリスト・ブロック(BNG)/N.レゴ下院議員 1 0 ガリシア地域ナショナリズム政党。経済左派。
カナリアス連合(CC)/C.バリード下院議員 1 2 カナリア諸島の地域政党。経済右派。
ナバーラ人民連合(UPN)/A.カタラン下院議員 1 2 ナバーラ自治州の地域政党ながら、経済右派・キリスト教民主主義であり、事実上同州におけるPPの代替政党的位置。
市民党(Cs)/ –  立候補せず 10 2006年、反カタルーニャ地域主義の社会運動組織が政党化して設立。中道右派政党として2019年4月の総選挙で下院第3党にまで成長したがその後急速に瓦解、今回は不出馬。

注:A.フェイホーの原語表記はAlberto Núñez Feijóo、S.アバスカルの原語表記はSantiago Abascal、スマールの原語表記はSumar、Y.ディアスの原語表記はYolanda Díaz、カタルーニャ共和左派(ERC)の原語表記はEsquerra Republicana de Catalunya、G.ルフィアンの原語表記はGabriel Rufián、ジュンツの原語表記はJunts per Catalunya、M.ノゲーラスの原語表記はMíriam Nogueras、ビルドゥの原語表記はBildu、A.エステバンの原語表記はAitor Esteban、ガリシア・ナショナリスト・ブロック(BNG)の原語表記はBloque Nacionalista Galego、N.レゴの原語表記はNéstor Rego、カナリアス連合(CC)の原語表記はCoalición Canaria、C.バリードの原語表記はCristina Valido、ナバーラ人民連合(UPN)の原語表記はUnión del Pueblo Navarro、A.カタランの原語表記はAlberto Catalán、市民党(Cs)の原語表記はCiudadanos – Partido de la Ciudadaníaである。
議席数出典:スペイン内務省および『エル・パイース(El País)』紙ウェブから筆者作成。

PPは大躍進したが、VOXは5月地方選とは逆に、議席が3分の2と激減した。他方の左派連立暫定与党、つまりPSOEと新たな政党連合スマールは、選挙前議席とほぼ変わらずとなった。

実はこの結果のいずれもが、5月地方選挙直後の時期から頻繁に行われた各種世論調査結果と大差ない範囲に収まっている。極右VOXが単体では議席数大幅減となったのも、予想の範囲内だったのである。にもかかわらず政権入りが取り沙汰されていたのは、PPの大躍進も同じく予想されており、VOXが政権協力の可能性をちらつかせていたからであった。

総選挙結果の分析

PPの大躍進の原因は何か。投票行動の大規模な変動なくしてここまで大幅の議席増は考えられない。本稿執筆時点では、投票行動の変動についての確実な世論調査データはソシオメトリカ社(Sociometrica、以下ソ社)のみでまだ出揃っているとは言い難いものの、いくつかの仮説を検討することは可能であろう。

第1に、市民党(Cs)の受け皿となったことである。ソ社のデータでは、CsからPPには100万票近くが移動した。Csは2006年設立で中道右派を標榜、かつ反カタルーニャ・ナショナリズムとPPの政治腐敗事件への厳しい非難によってPPの代替勢力として急速に台頭し、2019年4月総選挙で下院57議席を獲得したが、その後急速に瓦解した。これには、台頭の梃子となった2つのイシューが沈静化し、PPとの差別化が難しくなった事情がある。カタルーニャの独立機運は2017年の第2回目住民投票(違憲と判示され、刑事裁判でも有罪判決)の強行とその後の自治権一時停止、及びこの違法の住民投票に「連座」した指導者らが逮捕あるいは亡命することで沈静化した。PPの政治腐敗追求については、2018年全国管区裁判所が、PPによる不正政治資金への組織的関与を認める判決を出した。サンチェスPSOE書記長はその後すぐさま、当時のラホイPP政権の建設的不信任案を提出し可決、首相に就任して現在まで政権を維持している。その間Csは政権協議に強硬な態度で、2019年4月と11月の2回に渡る出直し総選挙の一因となった。11月には57議席から10議席に転落、以降の地方選挙でも大敗を喫して、今回総選挙は候補を立てないとの声明を出した。

Csは既存の政財界の指導層との距離の近さを売りにしており、既存エリート全体を敵視しているわけではない。ただ自前の政策の独自性を前面に出したわけではなく、カタルーニャ独立運動とPPの政治腐敗という2つの敵への攻撃で党勢を拡大したという意味では、ポピュリスト的と言える。創設者のリベーラ(Albert Rivera)に対してポピュリストというレッテルが貼られることも、国内外でしばしばであった。攻撃対象を失ったCsの支持層は、PPの代替政党らしく元のPPに投票したと言えるかもしれない。

第2に、PSOE支持層でも右寄りの50万票程度がPPに移動した。その原因についての目立った報道はないが、予想されるものとして、第一に、現左派連立与党の政策がリベラルに過ぎる、との批判は以前から存在している。例えば、独裁者フランコの墓所を国家管理地から民間墓所へ移動する、独裁時代の人物を顕彰する地名を変更するなどのいわゆる記憶政策、不同意性交を刑罰対象と明記した刑法改正、労働者の保護を手厚くする方向での労働改革といったものである。第二に、こちらがより重要だが、それらの法案を議会で通す際、下院過半数を持たない左派連立与党は地域ナショナリズム政党の協力を不可欠としている。その協力相手にはカタルーニャ独立派や、バスクの独立主義テロ組織である祖国バスクと自由(Euskadi Ta Askatasuna: ETA)に近い政党も含まれる。これが、PSOE支持でも地域ナショナリズムではなく、スペインの中央ナショナリズムの傾向を持つ層に嫌われた可能性は十分考えられる。

第3に、極右VOXからも44万票程度がPPに移動したとされる。5月の地方選後多くの自治州や市で右派連立政権が誕生したが、PPのフェイホー総裁は国政レベルでの右派連立については「冗談」に過ぎないと一蹴し、国政においてはVOXとの連立ではなく、単独少数与党を狙うとの意思を明言していた。その結果、VOXではなくPPに入れた方がより右派政権が成立する現実味が増すと判断した有権者が多かったのではないか。

他方のPSOEとスマールの選挙前及び現在暫定与党の陣営では、ソ社のデータに基づけば、投票率が上昇したことが幸いして現有勢力のほぼ維持につながったと考えられるが、それだけではない。特にPPからPSOEに流れてきた票は全PSOE票の9%強に達しており、決して少ない数字ではない。これには、5月地方選での極右VOXの進出と、それを許したPPを見た前回PPの支持者が、VOXを嫌いPSOEに流れたのではとの予想が成り立つ。極右VOXへの忌避感情は、フランコ独裁の抑圧を実際に目撃あるいは経験した世代で多いはずで、年齢層別の投票行動データが今後出て来ればその確認は可能となろう。

今後のシナリオ

これを考える際に念頭に置いておきたいのは、スペインの国政選挙における伝統的な支持ブロックである。まずは①全国政党左派(今回はPSOE+スマール)、②全国政党右派(同PP+VOX)、③左右含む地域ナショナリズム政党(同カタルーニャ共和左派(Esquerra Republicana de Catalunya: ERC)、ジュンツ、バスク・ナショナリスト党(Partido Nacionalista Vasco: PNV)、ビルドゥなど)の3つに分けられる。各ブロック内部で政党の数は変わっており、政党間やブロック間の票移動も先にみたようにあるが、ブロックの構成自体は、70年代の民主化と80年代の民主主義体制定着後、今回まで大きくは変わらずに堅固さを見せている。

加えて、首相選出手続きについてのスペイン憲法の規定も確認しよう。首相の信任は下院で行われるが、下院に首相候補を推薦するのは国王である。総選挙後に国王は下院各会派代表と会談の上首相候補を決定する。通例は下院で最大議席を持つ会派代表が推薦される。下院ではその候補の施政方針演説と質疑の後、信任投票が2巡まで行われる。1巡目は過半数176議席以上を要し、それに足らない場合は2巡目で単純多数の賛成を要する。2巡目でも賛成が単純多数に届かない場合は、下院での1回目の信任プロセス開始から2か月以内に、もう1度だけ国王が首相候補を下院に推薦し下院が信任不信任を決定するプロセスの実施が許される。その際も1巡目は176議席、2巡目は信任賛成の単純多数で信任成立で、そうでない場合は出直し総選挙となる。

今回総選挙後のシナリオとして、政権成立のオプションは先のブロック①、つまり選挙前与党の左派連立、②下院第1党の国民党PPの単独少数政権、③PPと極右VOXの右派連立、④PPとPSOEの伝統的二大政党による大連立の4パターンが考えられる。このうち④については、今回は総選挙前後でその可能性をPSOEとPP双方が明確に否定している。③についても同様で、フェイホーPP総裁はVOXとの連立否定の立場を崩さず、②の少数単独与党をめざすとしている。したがって、これに①を加えた2つに出直し総選挙も加えた3つのシナリオが現実的である。

①と②を比較すると、②よりも①が現実性でやや上回るように見える。というのも、首相候補フェイホーの明確な支持を表明しているのは、本稿脱稿時点ではPPとVOX、保守系地域政党のカナリアス連合(Coalición Canaria: CC)とナバーラ人民連合(Unión del Pueblo Navarro: UPN)だが、この4政党の議席数合計は172で、残りがすべて反対に回れば不信任となる。この残り178議席のうち、反対が明確な現左派連立与党2党のみならず、それ以外のカタルーニャ、バスク、ガリシアの地域ナショナリズム政党も、中央集権志向のPPやVOXとは対立関係にあり反対とみられ、不信任の確率が高い。PSOEから造反が4名以上出れば信任成立もなくはないが、その可能性を示唆する報道は現時点ではない。

にもかかわらずというべきか、8月21日、国王フェリペ2世は、フェイホーPP総裁とサンチェス暫定首相・PSOE書記長と会談後、これまでの慣例に従って、フェイホーを首相候補として下院に推薦すると決定した。これは慣例の踏襲ではあるが、事前の報道で注目されたのは、信任の公算が低いフェイホーを慣例通り推すか、慣例には反するが信任の成算が高いサンチェスを推すかもさることながら、そもそもその人選について現行法制では厳密な規定がなく、国王の判断に委ねるしかない点であった。このような、国王が国家的重要事項に自らの独断を反映しうるという、いわば「君臨も統治もする」ような事態は、理論上は憲法制定時からありえたことだが、現実化したのは今回が初めてであった。議会君主制にしては国王の権限がやや大きすぎる、との批判的論調も目立った。

下院での信任審議と投票は、下院議長F.アルメンゴル(Francina Armengol、PSOE出身の女性議員が下院議長を務めるのは2回連続)により9月26・27日と決定した。これは、出直し総選挙となった場合、クリスマスから1月6日公現節までの冬期休暇との重複を避けるためである。

この1回目審議では事前の予想通りフェイホー不信任に終わった。10月2日、国王は2回目の首相候補選出のため各党代表との会談を実施、結果現暫定首相のサンチェスが推薦された。サンチェスの信任が成立し2019年からの左派連立が2期目に入るには、右派連合が172議席を固めている以上、右派連合以外すべての会派、特にカタルーニャ独立主義の穏健派ERCの7議席と急進派ジュンツの7議席の、棄権ではなく賛成を要する。特にジュンツは、2017年カタルーニャ独立を問う住民投票の強行にかかわる罪状で訴追され国外に亡命しているC.プッチダモン(Carles Puigdemont)他の指導者を多数抱え、その特赦や、住民投票の実施、カタルーニャ自治州の権限拡大などを求めて、現左派連立暫定与党との交渉が始まっている。これが不調に終われば、出直し総選挙が現実味を帯びてくる。

ポピュリズム各党の後退とその意味

もう1点注目に値するのが、右のCsとVOX、左のポデモス(スマール内の政党)の後退である。CsとVOXの後退要因については先に述べたが、ここでポデモス(Podemos)に関して補足しておく。ポデモスは左派ポピュリズムを自称している政党だが、それはあえて「空虚な」標語を掲げ、そのもとに個別には大きな勢力ではない少数派が連帯することで多数派を形成するという、E.ラクラウ(Ernesto Laclau)やC.ムフ(Chantal Mouffe)らが主張するいわば特殊な意味でのポピュリズムである[1]。ポピュリズムの一般的な定義はそれ自体難しい問題だが、ポデモスに関していえば、ラクラウ/ムフ流の左派ポピュリズムではなく、例えば前述の既存エリートとの敵対という広く受け入れられているポピュリズムの基準からすれば、確かに2014年の設立当初そのような言説が目立ってはいた。しかし、政党としての勢力維持のためPCEを中心とする伝統的な非中道の左派連合政党・統一左派(Izquierda Unida: IU)との連合会派ウニーダス・ポデモス(Unidas Podemos: UP)を結成し、かつ2019年に難航を極めた政権協議と2度の出直し総選挙を経てUPが与党入りしてからは、比較的穏健な言説戦略をとっている。それで既存のPSOEや旧IU勢力との差別化が難しくなったためか、今回の総選挙前の公認候補者数を火種とするUP内の勢力争いにおいても、現暫定第二副首相で、スペイン史上初の女性首相に最も近いとの評もあるY.ディアスが率いる旧IU系勢力が制し、今回の議席数維持に落ち着いた。

リーマン・ショック後の緊縮VS反緊縮の対立と社会運動の盛り上がり、2010年頃に始まったカタルーニャ独立運動の勃興とスペインとの対立、PPへの政治腐敗追及、女性や性的少数派の権利拡張実現とそのバックラッシュ、またスペイン内戦(1936~1939年)とフランコ時代の弾圧・虐殺の記憶をめぐる政治と世論など、ここ10数年のスペイン政治、あるいは社会では、左右間の厳しい対立、両極化が前面に出ることが多かった。それは今回総選挙後も同様であろうし、先に述べた3つの政治ブロック間の微妙な均衡は維持されるであろう。それでも、選挙民の側に全国共通してある種の「対立疲れ」のようなものが、実は存在し始めているのかもしれない。だとすれば、程度に差こそあれ、ポピュリスト系諸政党が共通して示した後退の持つ国内的な意味は、その疲労感なのかもしれない。

また、特に西欧他国に持つインプリケーションとして、このような両極化は、極右の進出という形で西欧各国に見られることだが、今回サンチェスは、意表を突く総選挙前倒しによって極右のさらなる進出と政権入りを防いだ、という認識が今後広まるかもしれない。実際、すでにこれを他国が学ぶべき事例として扱うかのような報道もあるが、まずはその前に、VOXの後退と総選挙のタイミングに直接の因果関係があるかがまず検討されねばならない。

慎重を期す必要はあるが、もし左右の両極化(polarization)と極右の進出が世界の自由民主主義を脅かしているなら、今回のスペイン総選挙は、その重大な課題にどう向き合うかについて、一つの実践例を世界に示している可能性がある。

 


[1]エルネスト・ラクラウ、シャンタル・ムフ、西永亮・千葉眞訳(2012)『民主主義の革命—ヘゲモニーとポスト・マルクス主義』ちくま学芸文庫。

プロフィール

慶應義塾大学経済学部専任講師(スペイン現代史)。修士(国際関係論・上智大学大学院)、博士候補者(マドリード自治大学哲文学部現代史学科)。システムエンジニア、在スペイン日本大使館政務班勤務などを経て現職。主な邦語業績は、「社会運動か政党か スペインの新政党ポデモスにおける内部対立に見る党内デモクラシーの変遷」大賀哲・仁平典宏・山本圭編『共生社会の再構築II デモクラシーと境界線の再定位』(法律文化社、2019年)、106-121ページ;「モンクロア協定と「合意」の言説の生成(1977年6-10月);世論、知識人、日刊紙『エル・パイース』」『スペイン史研究』27号(2013年)、1-18ページ。