民主主義・人権プログラム
中国型スマートシティの地政学的挑戦
出版日2023年9月4日
書誌名Issue Briefing No. 33
著者名一田和樹
要旨 スマートシティは米中が覇権を争う技術で構成された地政学的争いの場でもある。中国型スマートシティが安全を優先した統治システムであるのに対し、アメリカ企業のものは生活の質の向上、都市機能の最適化、運営コストの削減などを標榜したビジネスシステムになっている。中国型スマートシティプロジェクトは経済支援、情報化支援と一体化していることが多く、経済的、政治的に中国と深く結びついている。権威主義国や弱体化した民主主義国は政情が不安定になると中国型のスマートシティを求めるようになっており、その増加によって中国型スマートシティが増加している。世界で144件のプロジェクトが進んでおり、そこで集積された莫大なデータやネットワークは中国の戦略的優位をもたらす可能性がある。スマートシティは地政学的陣取り合戦となっているが、欧米は劣勢に立たされている。
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中国型スマートシティの地政学的挑戦

一田和樹
(明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員)
2023年9月4日

イギリスの政治学者で欧州外交問題評議会(European Council on Foreign Relations)の役員を務めるマーク・レオナルド(Mark Leonard)は、欧米の指導者たちの多くが過去のルールに基づく国際秩序を維持しようとしているのに対して、中国は秩序のない多極化した世界で生き残ることを考えていると語っている[1]。さらに、欧米が語る「国際秩序」はそれ以外の国から見た時、必ずしも公正ではなく、自国の利益のためにルールを変えることを厭わず、時には無視すると考えられており、ひとことで言うと信頼されていない。そして、レオナルドは状況認識としては中国の方が正しいと結論している[2]

こうした基本的な世界観の違いは、いたるところに現れてくる。スマートシティもそのひとつである。中国型のスマートシティが安全を優先した統治システムであるのに対し、アメリカ企業のものは生活の質の向上、都市機能の最適化、運営コストの削減などを標榜したビジネスシステムになっている[3]。前者は権威主義的統治を実現するツールであり、後者は監視資本主義的コミュニティを実現するツールと言い換えることもできる。

デカップリングの影響で中国型とアメリカ企業型を構成する技術や製品などは多くの場合異なってくる。スマートシティで利用されるネットワーク、AI、ビッグデータなどの技術は中国とアメリカの覇権を争っているものだ。いわばスマートシティは世界観と技術の地政学的陣取り合戦の様相を呈している。本稿では、中国のスマートシティの現状について既存資料をもとに紹介する。なお、ここではパッケージとしてのスマートシティと要素技術の監視技術ともに扱う。

中国のスマートシティと監視技術の拡散

中国のスマートシティと監視技術で世界に広がっている。2009年以降、144件の中国企業が関与したスマートシティの契約が締結され、多くは自由の制限された国で、地域では東南アジアと中東が多かった[4]

また、スマートシティの核となる監視技術の中で特に中国が突出しているのが顔認識AIであり、その輸出をみると、2008年から2021年にかけてアメリカのおよそ2倍の国(中国83カ国に対してアメリカ48カ国)に輸出し、取引件数は10%多い(中国238件VSアメリカ211件)[5]。輸出先は一帯一路参加国、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)、中国アフリカ協力フォーラム加盟国などグローバルサウスを中心とした国々が多いが、グローバルノースでも導入している国はある。

ただし、中国型のスマートシティの輸出の実態は正確には把握されていない。中国政府機関および中国企業は契約にあたって内容の不開示を要求し、時には契約の存在も秘密にするように求めていることがその理由だ[6]

中国と他の国の結びつきは経済から始まり安全保障を含む関係に広がることが多く、そこからスマートシティ導入につながっている。近年の中東の君主国との接近もそのひとつだ。サウジアラビアの最大の貿易相手国は中国であり、中国はサウジアラビアとアラブ首長国連邦の両国と戦略的パートナーシップ協定を結んでいる。2023年3月にはサウジアラビアが上海協力機構に対話パートナーとしての参加を決定した。バーレーン、クウェート、アラブ首長国連邦も対話メンバーとして加わる予定である。中国はサウジアラビアとアラブ首長国連邦に5Gネットワークなどの情報通信基盤を提供し、スマートシティには中国企業の監視カメラなどが採用されている[7]

アフリカにおいても経済支援と情報化支援をきっかけとした導入が進んでいる。中国はアフリカのデジタル・インフラのおよそ70%を提供し、22の国がファーウェイ(HUAWEI)の監視システムを導入している。ケニアではZTEとファーウェイが光ファイバーを敷設し、監視システムや電子政府にも協力することになった。

さらにダーファ(Dahua)、ハイクビジョン(Hikvision)の監視システムや南京Lesインフォメーション・テクノロジー(Nanjing Les Information Technology)の都市交通管理システムの導入が進んだ。ファーウェイは監視カメラを設置し、警察や交通などを統合的に管理するスマートシティを受注した。ウガンダではファーウェイの監視システムなどが導入されており、南アフリカではスマートシティの導入が始まっている[8]

近年注目を集めているのはジンバブエのスマートシティである。政情不安定で2度の政変を経て政権を握った政党であるジンバブエ・アフリカ民族同盟は一貫して野党や政権を批判する勢力への監視を強化してきた。現在、中国、ロシア、イランがジンバブエに監視技術を提供する主な国となっている。中でも中国企業の進出はめざましく、ジンバブエにはファーウェイなど中国企業とジンバブエ国防軍の軍産複合体が生まれている[9]

スマートシティを通じて、中国当局は導入国についての精度の高い情報を入手することができるようになり、必要に応じて情報および施設のコントロールを行うことができるようになる可能性もある。

スマートシティは監視技術を中心に語られることが多いが、本稿に書いたように統合的な管理を目指すものである。概念的には図1のようになる[10]。このシステムの運用を行う者は都市のインフラから住民の意識や行動までを制御できる。ケニアでは中国企業から派遣されたスタッフが運用を行っており、現地関係者は運用の方法を理解していないという(マニュアルは中国語しかない)[11]

図1 スマートシティの統合管理 

出典:著者作成。

需要が牽引する中国のスマートシティ輸出

中国は戦略的な意図を持ってスマートシティを広げているが、中国が自国の野心のために世界に中国型スマートシティを広めようとしているというのは一面的な理解であり、多くの国が中国型のスマートシティを必要としていることが背景となっている。

図2 スマートシティの需要と供給

出典:著者作成

すでに民主主義国は世界の多数派ではなくなっており、現在も民主主義は後退し続けている[12]。権威主義あるいは民主主義が弱体化した国においては、国内の治安を維持し、世論をコントロールすることはきわめて重要である。

しかし、IBMやマイクロソフトなど一部の欧米の企業は自主規制で権威主義国には監視技術を提供しなくなっていたり、欧米の政府が禁輸措置を講じていたり、用途について確認を求めて来ることもある。それに比べると中国は自主規制も禁輸措置もないし、用途についても制限がない。結果的に現在需要のある国に応じることができるのは中国(他の選択肢としてロシアやイランなど)ということになる。

実際に民主主義が弱体化した国や権威主義国は政治的に不安定になったタイミングで、中国の顔認識AIシステムの導入を行っていることが確認されている[13]。中国のスマートシティや監視技術は、国内の不安定化を解消するための道具として期待されているのだ。

データフュージョンと閉鎖ネット

中国型スマートシティにはさらにふたつの発展形がある。ひとつはデータフュージョンによる統合管理および行動予測、もうひとつは閉鎖ネット化による地域単位での非対称性の実現である。

中国は以前から収集した莫大なデータを統合利用するプロジェクトを進めている。データフュージョンと呼ばれるプログラムは、さまざまな領域で進められており、監視カメラ、ナンバープレート認識カメラ、SNSアカウント、電話番号、位置情報、顔の特徴、血液型、身長などあらゆる情報を統合し、活用する。新疆ウイグル自治区では一体化統合作戦プラットフォーム(Integrated Joint Operations Platform: IJOP)が稼働しており、詳細な個人情報および行動履歴を追跡している。また、IJOPとは別に天山対テロクラウド(Tianshan Anti-terrorism Cloud)という予測システムによって、テロや危険な活動を予測することも行っている[14]

データフュージョンを組み込みことでより高い安全性を実現できる可能性があるため、今後、利用が拡大する可能性がある。

また、一都市ではなく、複数都市をネットワークし、情報を共有することでより広い範囲の統合監視が可能となる。複数地域に渡ってのテロや暴動の予測も可能となる。世界に拡散した陰謀論などの信者の行動を予測し、抑制することができる。

閉鎖ネットは、ひらたく言うと、国家をひとつの単位として閉鎖したネットワークにすることで、企業が企業内部を外部からアクセスできないようにしているのと同じである。中国やロシアのような権威主義国は閉鎖ネット化を目指しており、実現すれば他の国には自由にアクセスできるが、他の国から自国には自由にアクセスできない非対称な環境を実現できる。

スマートシティは都市単位での閉鎖ネットを実現できる。閉鎖ネット化により、より安全なサイバー空間を実現できる。一方、閉鎖ネットの内部で起きていることが外部からは見えにくくなる。域内で問題が発生した場合、個々人がインターネットを通じて被害の状況などを発信することはできなくなる。

また、複数都市がネットワーク化されることで、国際的なサイバー攻撃を察知しやすくなる。中国はサイバーセキュリティの情報発信力を向上させており、欧米のサイバーセキュリティファームのように脅威情報を発信するようになっている[15]。ただし、それはハニーバジャー(Honey Badger)と呼ばれる作戦でサイバー攻撃の主体を欧米におしつけるプロパガンダにもなっている[16]

需要の広がりが示唆する地政学的陣取り合戦の勝敗

データフュージョンと閉鎖ネット化まで実現したスマートシティは安定した政権を維持したい為政者にとっては魅力的に映る。現在、世界にはそうした為政者が増加していることは前述の通りだ。

また、しばらくの間は、気候変動、疫病、水・食糧不足、資源不足、経済成長なき人口増加(主としてアフリカのいくつかの国)、移民の増加によって不安定化する国が増加する。

図3 スマートシティの需要拡大

出典:著者作成。

スマートシティの陣取り合戦において、来るべき世界に適応したビジョンを持たない欧米が勝つ可能性は低いが、中国が勝者になるとも限らない。そもそも中国は冷戦時代のような超大国を目指しているのではなく、多極化した世界の大国を目指しているのでかつてのアメリカのような勝者である必要はない。いずれにして現実に適応した発想を持ち、実行した者が優位に立つには間違いない。いまのところそれは欧米ではなく、もちろん日本でもない。

 


[1]Mark Leonard, “China Is Ready for a World of Disorder America Is Not,” Foreign Affairs July/August 2023, June 20, 2023. <https://www.foreignaffairs.com/united-states/china-ready-world-disorder>

[2]Ibid.

[3]Hubert Beroche, Ana Chubinidze and Lina Goelzer, “Geopolitics of Smart Cities: Expression of Soft Power and New Order,” March 2023. <https://urbanai.fr/wp-content/uploads/2023/03/Geopolitics-of-Smart-Cities.pdf>

[4]James Kynge, et al, “Exporting Chinese surveillance: the security risks of ‘smart cities’,” Financial Times, June 8, 2021. <https://www-ft-com.ezp.lib.cam.ac.uk/content/76fdac7c-7076-47a4-bcb0-7e75af0aadab>

[5]Martin Beraja, et al, “Exporting the surveillance state via trade in AI,” The Brookings Institution, January 12, 2023. <https://www.brookings.edu/articles/exporting-the-surveillance-state-via-trade-in-ai/>

[6]Christopher Walker, “How China Exports Secrecy,” Foreign Affairs, July 11, 2023. <https://www.foreignaffairs.com/china/how-china-exports-secrecy>

[7]Andrew Chack, “Analyzing the Entrenchment of Beijing’s Digital Influence in Saudi Arabia and the United Arab Emirates,” Georgetown Security Studies Review, April 14, 2023. <https://georgetownsecuritystudiesreview.org/2023/04/14/analyzing-the-entrenchment-of-beijings-digital-influence-in-saudi-arabia-and-the-united-arab-emirates/>

[8]Bulelani Jili, “China’s Surveillance Ecosystem & The Global Spread of Its Tools,” Atlantic Council, October 17, 2022. <https://www.atlanticcouncil.org/in-depth-research-reports/issue-brief/chinese-surveillance-ecosystem-and-the-global-spread-of-its-tools/>; Bulelani Jili, “What is Driving the Adoption of Chinese Surveillance Technology in Africa?” Atlantic Council, May 15, 2023. <https://dfrlab.org/2023/05/15/africas-demand-for-and-adoption-of-chinese-surveillance-technology/>

[9]Farai Shawn Matiashe, “Zimbabwe’s Cyber City: Urban Utopia or Surveillance Menace?” Context, February 20, 2023. <https://www.context.news/surveillance/zimbabwes-cyber-city-urban-utopia-or-surveillance-menace>; Civic Media Observatory, “Undertones: Zimbabwe’s Cyberpunk Cities Fueled by China Interrogating the Narratives Behind Zimbabwe’s Smart Cities,” Global Voices, February 28, 2023. <https://globalvoices.org/2023/02/28/undertones-zimbabwes-cyberpunk-cities-fueled-by-china/>; Privacy International, “Huawei and Surveillance in Zimbabwe We Explore Zimbabwe’s Embrace of Surveillance Technologies, and The Zimbabwean Government’s Increasingly Close Relationship with Huawei,” November 18, 2021. <https://privacyinternational.org/long-read/4692/huawei-and-surveillance-zimbabwe>; ADF staff, “Zimbabwe Turns to Chinese Technology To Expand Surveillance Of Citizens,” Africa Defense Forum DAILY NEWS, January 17, 2023. <https://adf-magazine.com/2023/01/zimbabwe-turns-to-chinese-technology-to-expand-surveillance-of-citizens/>; Advox, “How Zimbabwe is Building A Big Brother Surveillance State Chinese Tech Companies Enable This Expensive And Advanced Surveillance Machine,” Global Voices, January 10, 2023. <https://advox.globalvoices.org/2023/01/10/how-zimbabwe-is-building-a-big-brother-surveillance-state/>

[10]一田和樹他『ネット世論操作とデジタル影響工作 ―「見えざる手」を可視化する』原書房、2023年。

[11]Jili, op.cit., 2022; Jili, op.cit., 2023.

[12]一田和樹「世界でもっとも多い統治形態は民主主義の理念を掲げる独裁国家だった」『ニューズウィーク日本版』2021年3月23日。<https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2021/03/post-22.php>

[13]Beraja, Kao, Yang and Yuchtman, op.cit.

[14]Dahlia Peterson, “How China Harnesses Data Fusion To Make Sense Of Surveillance Data,” The Brookings Institution, September 23, 2021. <https://www.brookings.edu/articles/how-china-harnesses-data-fusion-to-make-sense-of-surveillance-data/>

[15]Eileen Yu, “China Says NSA Used Multiple Cybersecurity Tools In Attacks Against Chinese University,” ZD NET, September 13, 2022. <https://www.zdnet.com/article/china-says-nsa-used-multiple-cybersecurity-tools-in-attacks-against-chinese-university/>;「米CIAの他国へのサイバー攻撃調査報告を発表 中国官民共同調査チーム」AFP、2023年5月8日。<https://www.afpbb.com/articles/-/3463067>

[16]Albert Zhang, Tilla Hoja and Jasmine Latimore, “Gaming Public Opinion,” Australian Strategic Policy Institute, April 26, 2023. <https://www.aspi.org.au/report/gaming-public-opinion>

プロフィール

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。近年はデジタル影響工作に関する著作が多い。