民主主義・人権プログラム
ASEAN 5項目合意実行の失敗
出版日2023年7月7日
書誌名Issue Briefing No. 31
著者名ニン・テ・テ・アウン
要旨 ミャンマーのクーデター指導者とASEAN首脳は、5項目について合意した。また、死者数、拘束者数、国内避難民数についても合意した。しかし、ミャンマー国軍、民族武装集団、人民防衛軍間の紛争は激化している。また、ASEANの一部の首脳は、ミャンマー国軍が人道的支援を国民に届かせないようにしていることから、ミャンマー国軍による合意履行プロセスは失敗だと言える。そのため、国際機関は、緊急に必要としている人々を支援するために声を上げた。合意から一年半が経過した今、ASEAN首脳は国軍による実施状況を検証し、ミャンマー国民の利益を尊重した有意義な行動を取るべき時である。
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ASEAN 5項目合意実行の失敗

ニン・テ・テ・アウン
(一橋大学国際・公共政策大学院 修士課程)
2023年7月7日

はじめに

2021年2月1日、軍事政権は選挙不正を口実に民主政府をクーデターで追放し、非常事態を宣言した。同時に、軍事クーデターは発展途上のミャンマーを混乱に追い込んだ。街は、選挙の尊重、民主的に選ばれた政府の解放、2008年憲法の廃止を求める民主派のデモ隊で埋め尽くされた。ミャンマー全土の医療従事者は、軍事政権への協力をやめ、公立診療所でボランティア活動を行った。また、市民不服従キャンペーンへのシンボルである赤いリボンを身につけて抗議した。ミャンマー第二の都市マンダレーでは、多くのデモ隊が軍政に抗議するため街頭で横断幕を振り、スローガンを唱えた。

国軍がクーデターを起こした直後、東南アジア諸国連合(Association of Southeast Asian Nations: ASEAN)は中立的な声明を発表した。ASEAN憲章に明記された目的および原則である民主主義、法の支配、良い統治、人権及び基本的自由の尊重と保護の原則の順守を訴えた。また、ASEANは、平和で安定した豊かな共同体を維持するためには、加盟国の政治的安定が不可欠であることも認識した。もう一つの基本的要素として、ASEAN共同体は、ミャンマー国民の意思と利益を尊重し、対話、和解及び正常な状態への復帰を奨励する。この議長声明に続いて、ASEAN外相がミャンマー国軍とのオンライン会談後の2021年3月に声明が発表された。

ASEAN、欧州連合(European Union: EU)、国連安全保障理事会等を含む国際社会は、クーデターを非難し、ミャンマー国民に連帯を示した。EUはその後、2月に声明で事態に関連する以下の合意を発表した。第一に、EUは開発協力や貿易優遇措置など、状況の進展に応じて、すべての政策手段の見直しを継続するとした。そして第二に人道的支援を継続し、第三にミャンマーの人々、特に最も弱い立場にある人々に悪影響を及ぼしかねない措置は避けるとした。

その後、国連安全保障理事会の加盟国は声明を発表し、民主的な制度の下での人道的支援の確保を呼びかけた。さらに、ミャンマーの主権、政治的独立、領土保全に対する強いコミットメントを再確認した。

2021年4月24日、インドネシア共和国ジャカルタのASEAN事務局で、ハジ・ハサナル・ボルキア国王(Haji Hassanal Bolkiah Mu’izzaddin Waddaulah)を議長とするASEAN首脳会議が開催された。ミャンマーのクーデター指導者ミン・アウン・フライン(Min Aung Hlaing)はその会議に出席し、激化する暴力に対処するために「ASEAN5項目の合意」を実施することにASEANの合意を得た。2022年、カンボジア王国がブルネイ・ダルサラームに引き継ぎ、カンボジア王国のサムデチ・アッカ・モハ・セナ・パディ・テチョ・フン・セン首相(Samdech Akka Moha Sena Padei Techo HUN SEN)が、2022年8月3日の第55回ASEAN外相会議および2022年10月27日の特別ASEAN外相会議の議長を務めました。カンボジアの議長国終了後、インドネシアのルトノ・マルスディ外務大臣(Retno Marsudi)が2023年のASEAN議長に就任しました。

合意された約束は守られずに終わった。この対応の不十分さは、人権侵害、民族武装集団と国軍の対立、及び人道的状況に及んだ。また、国軍はアウンサンスーチー(Aung San Su Kyi)を含む拘束者とASEANの会談を認めなかった。

協定の履行を理解するためには、5つの具体的な項目を確認しておこう。第一に、「ミャンマーにおける暴力を直ちに停止し、すべての当事者が最大限の自制を行うものとする」。第二に、「国民の利益のために平和的解決を目指す関係者間の建設的な対話を開始する」。第三に、「ASEAN議長の特使は、ASEAN事務総長の支援を得て、対話プロセスの調停を促進する」。第四に、「ASEANは、AHAセンター(ASEAN Coordinating Centre for Humanitarian Assistance、人道支援のためのASEAN調整センター)を通じて、人道支援を提供するものとする」。そして第五に「特使と代表団は、ミャンマーを訪問し、すべての関係者と会談する」、としている。

ミャンマーにおける暴力の即時停止と全当事者の自制

選挙で選ばれた政府、政治家、活動家、ジャーナリスト、芸術家を追放・逮捕した政権奪取から400日以上が経過した。しかし、メディアや市民ジャーナリストが生命、自由、安全に対する権利の明白な残忍な侵害を報道しているため、ミャンマー国民は依然として抵抗を示している。メディアはまた、拷問の禁止、表現の自由、公正な裁判を受ける権利など、複数の権利を国民に思い起こさせる。

2022年3月15日に発表されたUNHCRの報告書は、ASEAN5項目のコンセンサスの1点目が実施されていないことを示している。報告書は、戦争犯罪や人道に対する罪など、組織的な人権侵害や虐待を強調した。また、国際社会に対し、ミャンマーにおける残虐な暴力を止めるための緊急措置を行うよう求めた。とはいえ、合意から一年後に出された報告書には、ミャンマーにおける暴力の増大とUNHCRの懸念が否応なく表れている。

すべての当事者による平和的かつ建設的な対話

平和的解決はASEANの5項目の合意の一つである。軍事政権が合意したことを履行するためのパフォーマンスについて、2021年末までに32万人以上が国内避難民となることが証拠によって明らかになっている。この数字は、ASEANとの合意後も避難が続いていることを示している。

カレン州は、2021年末に二時間にわたって新たな砲撃を受けている。この攻撃の場所は、人民防衛軍(People Defense Force: PDF)メンバー、政治活動家、市民不服従運動のメンバー、国内避難民が集まる場所であり、象徴的だった。民族武装組織であり、全国停戦協定に署名しているカレン民族同盟(Karen National Union: KNU)は、国軍に退陣を迫る声明を発表した。KNUは、2022年2月に国軍が行った「和平交渉」への出席も拒否した。

一部の民族武装集団や政党は、和平交渉の取り組みに参加した。しかし、国軍がすべての当事者と平和的かつ建設的な対話を行うことができたとは言い難い。また、軍事政権は国民統合政府、連邦議会代表委員会、人民防衛軍をテロリスト集団と断定したことが明らかになった。

ASEAN議長特使による対話プロセス仲介と訪緬アレンジ

カンボジア外相のプラック・ソクホン(Prak Sokhonn)がミャンマー特使に就任した。2021年8月2日に発表されたASEAN外相の共同声明によると、彼の任務は、すべての関係者に完全にアクセスできる状態で信頼と自信を築くことであった。彼の任命は、合意の実施に不可欠なものであった。

プラック・ソクホンは、2022年1月のフン・セン首相の訪問後、ミャンマーに到着した。彼はミャンマーの国軍指導者と会うことができたが、アウンサンスーチーや逮捕された政治家との面会は許されなかった。クーデター指導者が述べた理由は、国軍がそれを可能と述べても、ミャンマーの法律に従って裁判所の手続きが障害を課しているというものだった。

さらに、クン・オッカー大佐(Khun Okkar、パオ民族解放機構の後援者であり、10の民族武装組織で構成される和平プロセス運営チームのメンバー)によれば、予定されていた同チームとの会談はタイトなスケジュールのため実現しなかった。このような状況の中、ASEANの特使は、信頼関係を構築するための全当事者との会合を実施することができなかった。

AHAセンターによる人道支援

人道支援の提供は、ASEANと軍事政権との間の合意に含まれる点の一つである。ヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights Watch)によると、2021年4月に合意したにもかかわらず、軍事政権は危険にさらされている人々が必要とする人道支援を阻止し続けている。人道支援者は、軍事政権が課した旅行制限に直面し、道路を封鎖され、人道物資を破壊された。また、彼らは軍事政権の兵士に攻撃され、殺害されることさえあった。

人道支援に関して、EUはミャンマーのクーデターからちょうど一年後の2022年2月1日に共同声明を発表した。声明では、人道支援を必要としている人の数は1,400万人以上であると主張した。また、2021年には約100万人が人道支援を必要としていたことから、この人道危機の現在の程度については軍事政権が責任を負うべきであることを明らかにした。

実際、2021年2月以降、その割合は劇的に増加した。2022年の人道的ニーズの概要によると、予測される数は人口の4分の1(1,440万人-女性490万人、子供500万人)である。EUの共同声明と足並みを揃えて、ミャンマーの人道支援団体は、ASEANに対し、民間人と人道支援者を守るための見直し、合意の履行、外交的解決のための会議の実施を緊急に要求した。人道支援団体や国際社会は懸念を表明し、軍事政権は予想通り、ASEANとの人道支援提供の合意を守らなかった。

人道支援団体と国際社会は懸念を表明した一方で、軍事政権は想定されていた通り、ASEANとの合意を履行することに失敗した。

ミャンマーのほとんどの地域は以前からの支援の必要を抱えていたが、残念なことに、これらの地域は2023年5月に襲ったサイクロン・モカの通り道だった。サイクロンの後の壊滅と人命の喪失にも関わらず、ミャンマーの国軍当局は人道支援への制限を依然として維持している。国際社会からの人道支援は増えているものの、人道支援活動者は渡航許可に対する障壁に直面しているがために、支援団体がニーズ評価を実施することが困難になっている。

結論

協定の実施状況は、ASEAN外相が表明した発言や懸念事項で測ることができる。ロイター通信によると、地域担当者会議の後、インドネシア外務大臣は「ミャンマーでは目立った進展はない」と述べた。一方、シンガポールの外相は、ASEANとミャンマーが実施について実質的な進歩を遂げる必要性を強調した。例えば、特使がミャンマーを訪問し、関係者全員と面会することを促進することができる。

さらに、国軍による組織的かつ広範な人権侵害や虐待に関するUNHCRの報告を受けて、東南アジアの国会議員はASEANに対し、ミャンマー人の苦難を軽減するよう求めた。しかし、2人のASEAN特使の努力にもかかわらず、協定の実施に関する改善を見ることは困難であった。

総じて、合意履行実施の進展はまだ国軍によって示されていない。ASEANや国際社会は、国軍のごまかしのない合意履行へのコミットメントに耳を傾けるべきである。積極的な措置として、ASEANの一部の首脳は、年2回の首脳会議への国軍の出席を禁止する票を示した。しかし、これだけでは十分とは言えない。むしろ、国民連合政府をASEAN会議の公式出席者とみなすべきだ。ASEANは、このような制裁措置によってのみ、ミャンマーの民主主義の弱体化に対して真の行動を示すことができるのである。

【日本語翻訳】
田中秀一(一橋大学大学院法学研究科 博士後期課程)
金浚晤(一橋大学法学部 学士課程)

プロフィール

一橋大学国際・公共政策大学院修士課程。一橋大学大学院法学研究科客員研究員も務めた。市民社会、国際NGO、シンガポールのアドバイザリー会社で9年間の勤務経験がある。客員研究員以前は、透明性を求める市民活動(Citizen Action for Transparency: CAfT – Myanmar)でプログラム・ディレクターとして勤務。それ以前は、ミャンマー抽出産業透明性イニシアティブ(National Coordination Secretariat – Myanmar Extractive Industries Transparency Initiative: MEITI)でプログラムマネージャー、ノルウェー・ピープルズ・エイド(Norwegian People’s Aid)やその他の組織でプログラムオフィサーを務めていた。また、業務を通じて、市民社会組織やその活動家を支援してきた。ミャンマーの政治状況、女性の権利、移行期正義、集団行動、表現の自由に関する記事をビルマ語と英語で執筆している。フィリピンのアルダーズゲート大学(Aldersgate College)で行政学修士号、ミャンマーのダゴン大学(Dagon University)で法学学士号を取得。