出版物
アメリカの偽情報対策が直面している問題
要旨現在、米国下院司法委員会を中心に右派メディアや団体、評論家を巻き込んだ偽情報対策批判が広がっている。シンクタンクや大学などの研究機関、専門家個人に対してデータ提供要請、議会召喚、告訴などが行われている。米政府は直接あるいは研究機関などを通じて、SNSプラットフォームに対して検閲行為を行い、保守的言論を抑圧してきたという主張だ。2023年7月4日には連邦地方裁判所で政府の検閲を認め、政府および関係機関とSNSプラットフォームおよび研究機関との接触禁止が命じられた。すぐにこの命令は停止され、控訴が進んでいるが、一連の出来事によって、偽情報対策に慎重になるSNSプラットフォームや研究者が出て来ている。この問題は、偽情報は国内アクターが行うものの方が多く、対策もまた国内を優先しなければならない、という基本を怠ったことが原因と考えられる。
中ロの選挙介入に揺れる米国
要旨2023年7月31日に、法学研究科の市原麻衣子教授が執筆した論文、「中ロの選挙介入に揺れる米国」が『外交』に掲載されました。本論文は、2022年の米中間選挙を事例に中ロの選挙介入の活発化と米国への影響を分析しています。市原教授は、ロシアと中国は米国社会を分断させるための偽情報拡散を含む影響工作を行っており、中でも22年の中間選挙は2016年から介入が確認できたロシアに加えて選挙介入を躊躇した中国が方向転換して介入を開始した選挙であったと論じています。また、市原教授は米国内で市民、立法府、そして司法府の領域を横断して対抗策に向けた動きがみられる一方で、それに反対する意見も存在し、揺れ戻しが発生していると論じました。最後に、教授は今後行うべき対応として、民間主導の偽情報対策を講じること、国内の分断の原因になっている制度を是正すること、そして国内の経済格差を是正することを強調しました。
G7が築いた国際連携の両義性──メディアに求められる新たな秩序像の提言
要旨2023年7月に、法学研究科の市原麻衣子教授が執筆した論文、「G7が築いた国際連携の両義性──メディアに求められる新たな秩序像の提言」が新聞研究に掲載されました。本論文は、G7広島サミットの成果と課題を、海外からの評価を参照し分析する内容です。市原教授は、まず広島サミットで安全保障秩序に対するG7間の結束及びG7を超えた国際連携の構築を目指すことを明らかにしたと論じました。また、教授は今回のサミットでは中露を国際秩序への挑戦者と位置づけその脅威を確認したと説明しました。さらに、市原教授は広島サミットが民主主義に言及するスタンスにおいて、秩序の現状維持に留まっていると主張しました。そして民主主義を弱体化させる国内の要因を過小評価していることに問題があると指摘しました。最後に、教授は人間の尊厳が守られる国際秩序像の形成に貢献するメディアの役割を期待すると述べました。
アジアにおける国境を超える影響工作と人権への影響 [In English]
要旨2023年6月28日に一橋大学法学研究科の市原麻衣子教授が執筆した論文「アジアにおける国境を超える影響工作と人権への影響」がGlobal Asiaに掲載されました。本論文は、権威主義国家による越境的な影響工作、とりわけ中国のアジア諸国に対する工作の構造とその影響を解説しています。市原教授は、中国の影響工作の影響を最も多く受けている地域がアジアであると指摘しています。権威主義国家の影響工作が他国家の経済的不平等と政治的分断、そして市民の行動傾向を利用していると説明しています。また、諸人権を攻撃の的にしている影響工作は、権威主義国家内で発生している人権問題や政治的不安定性を隠すのが目的であると論じています。最後に、市原教授は影響工作に関する最先端の研究、ファクトチェック、カウンターナラティブの形成を通じた対抗手段の必要性を強調しています。
非承認国家の「民主主義」 ─その様相と規定要因─
要旨「非承認国家(unrecognized states)」は、「独立」を宣言し、国際的承認を得られないながらも事実上法的親国から独立した主体である。近年ではロシアによるジョージアやウクライナへの侵攻に際して、非承認国家やそれに類似する主体が出現し、その役割が注目されてきた。現存するその大半は競争的選挙を実施し、一部では選挙による政権交代も発生している。しかし、その多くは権威主義国からの支援で存立している上に、「民主化」しづらいとされる経済・社会的条件下にある。このため、一部の研究は、非承認国家特有の「民主化」要因が存在すると考えてきた。しかし、民主化指標によれば非承認国家の全てが民主化しているわけではなく、非承認国家の「民主化」度合いにはバリエーションがある。本論文では、非承認国家の政治体制の現状と関連する先行研究をレビューし、その課題を指摘した上で、新たな仮説の可能性を提起する。
日本の民主主義におけるデジタル分野課題への取り組みの漸進的な動き [in English]
要旨2023年4月28日に、法学研究科の市原麻衣子教授が執筆した論文、「日本の民主主義におけるデジタル分野の課題への取り組みの漸進的な動き」がAsia Democracy Research Networkから出版されました。本論文は、民主主義において必ずしもプラスに働くとは限らないデジタル技術に関する考察と、関連問題に対する近年の日本の取り組みを紹介しています。市原教授は、デジタル分野の発展は市民間不信、個人情報保護の侵害、そして政府による抑圧の容易化等の問題が発生していると指摘しました。これらの問題に対し、日本政府が輸出規制や人権に対するイニシアティブの発揮、偽情報に対抗するポジションの新設、ファーウェイへの規制等、諸処置に取り組んでいると説明しました。最後に、市原教授は偽情報が作り出すナラティブに対抗するナラティブが必要であり、そのためには権威主義アクターの戦略を特定した上でのナラティブ形成をすべきであると論じました。
ASEAN 5項目合意実行の失敗
要旨ミャンマーのクーデター指導者とASEAN首脳は、5項目について合意した。また、死者数、拘束者数、国内避難民数についても合意した。しかし、ミャンマー国軍、民族武装集団、人民防衛軍間の紛争は激化している。また、ASEANの一部の首脳は、ミャンマー国軍が人道的支援を国民に届かせないようにしていることから、ミャンマー国軍による合意履行プロセスは失敗だと言える。そのため、国際機関は、緊急に必要としている人々を支援するために声を上げた。合意から一年半が経過した今、ASEAN首脳は国軍による実施状況を検証し、ミャンマー国民の利益を尊重した有意義な行動を取るべき時である。
新興国取り込み、両刃の剣 G7サミット
要旨2023年5月22日に、朝日新聞にて法学研究科の市原麻衣子教授のインタビュー記事「新興国取り込み、両刃の剣 G 7サミット」が発表されました。本記事では、G7首脳会議で重要なテーマの一つとなったグローバルサウスと呼ばれる新興国・途上国との協調が論じられました。市原教授は、実利的で協調可能な議題を設定したことは、新興国や途上国への配慮を感じさせる一方で、G7はグローバルサウスを半ば強制的に「西側」に取り込むようにも見えるとしました。市原教授は、このやり方は賛否が分かれ、反発を買う可能性もあり、更に日本の関与により、日本は西側の一部と見なされることが増えると考えらえることから、グローバルサウスの取り込みには微妙なハンドリングが求められると論じました。
中国の技術、機会か危機か(スペイン語)
要旨2023年5月13日に、GGRアシスタントでチリの国際アナリストであるサッシャ・ハニグ・ヌニェズ氏の「中国の技術、機会か危機か(スペイン語)」と題された論考が、アルゼンチンの日刊紙『ラ・ナシオン』に掲載されました。ハニグ・ヌニェズ氏は、他の地域の事例を参考に、ラテンアメリカ地域諸国と中国のテック企業の連携について議論しています。まず、中国企業の特徴として、中国国内外を問わず、企業が収集した情報を中国共産党に対して提供する義務があることを挙げました。このため、ファーウェイやZTEは、情報セキュリティーに関する疑念を払しょくできず、オーストラリア、アメリカ、イギリス、そして日本などの多くの国で、国内ネットワークへの参加が禁止される事例が相次いでいると説明しています。一方で、ラテンアメリカ地域では、どの国家の企業を採用するべきかについて議論が続いていると指摘します。中国企業が価格やサービスにおける魅力を持っていることに加えて、中国政府のラテンアメリカ地域に与える影響力が増していることから、今後地域の政府が中国企業と連携する可能性は低くないと述べました。最後に、ハニグ・ヌニェズ氏は、中国のテック企業の進出に関する一国の決定は、ラテンアメリカ地域全体に影響を及ぼすと指摘し、地域枠組みレベルの議論が必要だと論じました。
ディストピア ―現実とフィクションの混合 [in Spanish]
要旨2023年3月20日に、GGRアシスタントで国際アナリストのサッシャ・ハニグ・ヌニェズ氏の論考「ディストピア ―現実とフィクションの混合」がスペインの文学批評ジャーナル『Cuadernos Hispanoamericanos』に掲載されました。ハニグ・ヌニェズ氏は、哲学、政治、文学などの資料を議論の出発点として参照しながら、研究分野、時代、地理を縦横無尽に越境し、ディストピアの概念について論じています。まず、J・S・ミルのディストピアの思想的淵源にT・モアのユートピア概念との共通性を発見します。また、権威主義政権における管理の経験がディストピア作品に反映されてきたと論じ、ソ連のY・ザミャーチンからチリのJ・バラディットまでにこの特徴を見出します。テクノロジーの発展は抑圧の手段をも発展させ、例えばクローン技術を取り入れたカズオ・イシグロの文学作品にも反映されていると指摘しています。最後に、ハニグ・ヌニェズ氏は、オーウェルが描いたような世界が現実で起こりつつあると述べるとともに、ディストピアが過度に使用されることは、鮮烈無比な意味を持つ言葉の陳腐化を招く可能性があると警句を述べました。