断片化した声
—香港と海外における民主主義をめぐる闘い
アリック・リー
(日本香港民主連盟事務局長)
2024年2月14日
香港の状況は憂慮すべき方向に転じている。香港警察の国家安全局は、活動家に対する取り締まりを強化しており、地域における自由と民主主義の価値の侵食に対する大きな懸念となっている。弾圧は地元の活動家にとどまらず、海外在住の香港人にも及び、地理的な境界を越えて反体制派を抑圧する香港政府の広範な戦略を反映している。これらの影響は深刻であり、直接標的とされた人々のみならず、世界中の香港ディアスポラのアイデンティティや反応をも形成しているのである。
海外へ拡大する弾圧
香港警察国家安全局は活動家に対する取り組みをエスカレートさせ、その対象を海外の香港人にまで拡大している。2023年7月上旬、羅冠聡元議員、郭榮鏗元議員、許智峯元議員を含む海外の著名な民主活動家8名に対し、外国勢力との共謀や国家権力の転覆といった容疑で、それぞれ100万香港ドルの懸賞金をかけた逮捕状が発行された。
令状が発布された直後、警察は、著名な民主派団体であった「デモシスト(香港衆志)」(現在は解散)の元メンバー5人を逮捕した。これらの人物は、資金集めのためにモバイルアプリを使用したことで告発され、これについて警察は、海外の活動家を支援するものだったと主張している。
当局の戦略の中心には、海外の香港活動家と彼らの香港内支持者とのつながりを断ち切るという要素があるようだ。このアプローチをとることで、反対意見を鎮圧するだけでなく、ますます散り散りになっている香港のディアスポラ・グループを孤立させている。香港政府は、資金援助の仕組みや主要な個人を標的にすることで、国境を越えて民主派の運動を支え、結びつけるネットワークを解体しようとしている。
2023年11月上旬、日本滞在中に行ったソーシャルメディアへの投稿が「扇動的」であるとの理由で、23歳の香港人学生袁靜婷が禁固2ヶ月の判決を受けた。この事件は、越境弾圧の明白な例である。袁は香港の法律上扇動的とみなされた行為で起訴されたが、大半の投稿は日本の大学への留学中に行われたものだった。この事件は、香港の法律の適用範囲が拡大していることと当局の意志、すなわち国境を越えて法律を適用し、ディアスポラのメンバーを標的にし、外国内でさえ反対意見を弾圧すること、を明らかにした。
注目を集めた逮捕状や令状とともに、袁のケースが浮き彫りにするのは、地理的な境界線に関係なく市民を統制し、反対意見を弾圧するという香港政府の広範な戦略である。国家安全維持法や扇動罪のような法的手段を用いて海外の個人を標的にしていることから、グローバルな規模で民主派の運動を抑制するための体系的なアプローチがとられていることがわかる。このような形の越境弾圧は、特に反体制派や活動家に対して、中国当局が国内の政策や統制メカニズムを国際的に拡大する傾向が強まっていることを示している。
自由と民主主義の後退
香港では自由が著しく後退している。これは、様々な世界的指標における香港の地位の低下に顕著に表れている。かつて香港はアジアにおける報道の自由の天国として称賛されていたが、国境なき記者団が毎年発表する報道の自由に関する指標では148位という劇的な落ち込みを見せた。1年で70位近く順位が急落したが、これは2020年に新たな国家安全法が施行され、植民地時代の反扇動法が復活したことが主な原因である。これらの法律の施行以来、少なくとも3つのメディアが国家安全保障上の調査により閉鎖に追い込まれ、あるいは法的リスクを理由に自主的に閉鎖した。このようなメディアへの弾圧は、香港の表現の自由を著しく損なっている。
また、後退をさらに指し示すように、民主主義と自由に関する国際的なランキングでも、香港の順位は下がっている。民主主義ランキングではリビアやウクライナに続いて88位、自由度指数では34位である。エコノミスト誌の民主主義指数では、香港の公務員の人手不足が顕著であると報告されており、その原因は政治状況の悪化と自由の縮小にあるとされている。
移住問題
自由の退潮と民主主義的価値の悪化という香港の傾向は、香港からの移民の著しい増加に顕著である。とりわけ、新型コロナウイルスのパンデミックが発生したことで海外への渡航が厳しく制限された時期にも、香港では人口の純移動が記録された。統計の数値には目を見張るものがある。2020年には8万5千人、2021年には7万5千人の純移出があった。過去十年には、純移動の数値がマイナスになることはほとんどなかったため、劇的な変化といえる。人口流出の増加は、興味深い統計上の数値ではあるが、香港の人々のより深い感情を反映している。香港亜太研究所(Hong Kong Institute of Asia-Pacific Studies)による2021年の調査では、香港住民のうち移住を検討している人の割合が2017年の33%から2021年には42%に上昇したことが示されており、この感情を明らかにしている。
近年の香港からの移民の急増は、香港ディアスポラのアイデンティティに大きな変化をもたらした。この変容の中心にあるのは、香港で起きた出来事によって鮮明になった集団意識の昂揚である。これらの出来事は、ディアスポラの間に根強い帰属意識を呼び覚ました。それだけではなく、明確に表現するのは難しいものの、物理的・言語的な境界を超えた「コミュニティ」の感覚を生み出した。このコミュニティは、地理的な近さによるものというよりも、共通の経験や苦闘から生まれた共通理解や相互共感からなるものである。
岐路に立つアイデンティティ
かつてはディアスポラが香港の状況に対して見せる反応は一致していたものの、時間が経過し、それぞれが新しい環境に適応していくにつれ、この反応は乖離を見せ始めた。この乖離は、単に故郷との物理的距離を反映しているだけでなく、新たな文化的、政治的、社会的影響の結果でもある。コミュニティは岐路にある。行動方法や香港の将来像をめぐって議論が行われ、大きな問題を浮き彫りにしている。ディアスポラのコミュニティ意識は崩壊しつつあるのか、それとも単に様々な地域や時代で異なる形に進化しつつあるのだろうか。
この発展途上のナラティブの中心には、いわゆる「香港人コミュニティ」が一枚岩の実体ではなく、個々のアイデンティティとストーリーのタペストリー(織物)であるという認識がある。コミュニティの各メンバーは、個々人の経験によって形作られたユニークな視点を持つ。そしてこのような視点が、ディアスポラを単一で画一的な集団ではなく、さまざまな「私」のモザイクのようなものにしている。このような認識は、従来のコミュニティの概念に挑戦するものであり、香港ディアスポラの一員であることが何を意味するのかを我々は再評価する必要があるだろう。
ディアスポラ内の個人の自己認識には、多様性が表われている。自らを亡命者や移民とみなす人々から、より広範でグローバルなアイデンティティを抱く人々まで、自分なりの自己表現は単なるレッテルにとどまらず、各個人の政治的スタンス、文化的な同化、個人的な経験を反映している。自己を認識する主な対象が香港だとしても居住国だとしても、こうしたアイデンティティが政治的関与や行動の選択に大きな影響を与えている。
三つのアプローチ
ディアスポラ内のアイデンティティの多様性は、ディアスポラの政治的状況を形成している。ある者はホスト国の政治システムにとけ込むことを選び、内部からの影響力を求めるかもしれない。またある者は香港の文化的な伝統を保護することに重点を置くだろう。さらに、国際政治の舞台において変化を提唱する者もいるかもしれない。こうしたアプローチの違いは、ディアスポラが採用する三つの主要な戦略に集約される。
第一の戦略は、ディアスポラが定住する国の現地の制度に積極的に関与することである。政治的な影響力と資源を得るために、これらの国の社会構造や政治構造に溶け込むことが含まれる。この戦略で重要な側面は、香港人が地方議会議員に立候補することを奨励し、それによって現地の権力システムに入り込み、影響を与えることだ。このアプローチは、政治的支援の基盤を築き、遠方からでも香港の理念を支援する資源を集めることを目的とする。
この関与の概念に基づき、第二の戦略は香港に戻るという目標を重視し、あらゆる取り組みにおいて香港現地の状況を優先する。この戦略は、香港内で行動を起こすための地下ネットワークを確立すること、そして地元文化を発信することで故郷とのつながりを維持し、活性化させることを含んでいる。香港への強い愛着に根ざしたこのアプローチが重視するのは、物理的な距離によらず、香港の問題に直接関与することである。
最初の二つを補完するものだが、第三の戦略は、香港の運命を左右する国際政治の枠組みに挑戦し、再構築することを目指す。この野心的なアプローチには、自決を支持し、既存の国際システムの中で同様に保護を獲得することができなかった他のグループと世界的に協力することが含まれる。その目的は、そうしたコミュニティのニーズと権利によりよく対応する新しい集団的枠組みを構築することである。
より広い文脈に置けば、香港の状況とそのディアスポラの対応は、政治的抑圧に対処し民主主義を追求する多くのコミュニティが直面する課題を象徴している。香港ディアスポラの変化するアイデンティティ、多様な戦略、そして彼らが統合とアドボカシーのバランスにおいて抱える課題は、政治的変化や抑圧に対するグローバルなコミュニティの対応を考察するうえで、興味深い研究対象である。香港ディアスポラの物語は、香港における民主主義を求める闘争だけにとどまらない。移住、アイデンティティ、逆境に直面する人間の不屈の精神といった、より広範なテーマをもまた描写しているのである。世界が香港で展開される出来事を注視する中、香港ディアスポラの経験から学んだ教訓は、間違いなく世界政治と、自由と民主主義の持続的な探求に対する我々の理解に貢献するだろう。
【日本語翻訳】
中島 崇裕(一橋大学法学部学士課程)
中野 智仁(一橋大学国際・公共政策大学院修士課程)
香港出身。様々な国で教育を受け、英国で学士課程を修了し、2017年に東京大学で修士号(工学)を取得。2019年には、民主派による抗議運動が高まる中、香港民主女神(Lady Liberty Hong Kong)を設立した。同グループは香港民主女神像を制作したことで知られ、民主派の運動を支持する香港人のアイデンティティを形成する上で重要な役割を果たした。アリックの指揮の下、同グループは600万香港ドルを超える寄付金を集め、さまざまな人道支援活動に貢献した。2023年には、日本香港民主連盟事務局長に就任。日本香港民主連盟は、日本における香港人の声を束ね、東アジアの民主化推進グループ間の連携を強化することに重点を置いている。