ロシア・ウクライナ戦争でのロシアによる核の威嚇
-中国はどのように捉えたのか-
上川路大起
(一橋大学大学院法学研究科 修士課程)
2023年5月29日
はじめに
ロシアは、2022年2月に始まったロシア・ウクライナ戦争(以下、露・ウ戦争)の直前、そしてその最中に核兵器による威嚇を行っている。そこで、本稿は、中国がロシアの核兵器による威嚇とその結果をどのように捉えているのかを考察する。結論として、第一に、中国は、ロシアの核兵器による威嚇が米国の直接的な軍事介入を抑止したと考え、自国の核兵器の新たな役割として「他国の直接的な軍事介入の抑止」に注目しているとみられる。第二に、中国は、自国の「戦略抑止」の方法と同様であったロシアの核による威嚇の方法が露・ウ戦争で有効であったと捉え、「戦略抑止」の方法に対する自信を深めたと考えられる。
中国にとっての新たな核の役割
中国メディアの報道に基づくと、中国は、ロシアの核兵器による威嚇が露・ウ戦争への米国の直接的な軍事介入を抑止したと考えているとみられる。例えば、中国の国防大学教授は、米国や北大西洋条約機構(NATO)による露・ウ戦争への直接介入を抑止するため、ロシアは同戦争の開始直前に大規模な核戦略演習を実施したと指摘している[1]。また、中国人民解放軍の退役大佐は、ロシアの核兵器による威嚇が米国やNATOによる露・ウ戦争への直接介入を成功裏に抑止したと指摘している[2]。
中国はこれまで、核兵器の役割を他国による中国に対する核兵器の使用や使用の威嚇の抑止であると宣言してきた。例えば、中国の最新の国防白書は、「中国は自衛防御の核戦略を堅持し、その目的は他国による中国に対する核兵器の使用や使用の威嚇の抑止であり、国家の戦略的な安全を確保する」と言及している[3]。
しかし中国は、上述したように、今回のロシアの核兵器による威嚇が露・ウ戦争への米国の直接的な軍事介入を抑止したと捉え、自国の核兵器の新たな役割として「他国の直接的な軍事介入の抑止」に注目するようになったと考えられる。なぜならば、中国は、台湾等の核心的利益をめぐり有事が発生した際、他国、特に米国が直接的な軍事介入をしてくることを警戒しているためである。例えば、習近平・国家主席は2022年10月に開催された共産党第20回党大会で、台湾問題について「武力行使の放棄を決して約束せず、一切の必要な措置を取る選択肢を留保する。これは、外部勢力の干渉とごく少数の『台湾独立』分裂分子及びその分裂活動に対するものであり、多数の台湾同胞に対するものでは決してない」と発言し[4]、主に米国を指すとみられる「外部勢力」の干渉に対する武力行使の可能性を否定していない。
ただし、中国が自国の核兵器の役割に「他国の直接的な軍事介入の抑止」を新たに追加するか、また仮に追加したとしてもその事実を公表するかは不明である。なぜならば、そのような変更は、中国が相手の通常兵器による攻撃に対して核兵器を先行使用することを意味し、中国が長年宣言してきた核の先行不使用政策と矛盾するためである。
「戦略抑止」に対し深まる中国の自信
中国メディアの報道に基づくと、中国は、ロシアがウクライナ侵攻直前に実施した核戦力を含む軍事演習や侵攻後に実施した新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)の試験発射を、主に米国に対する核兵器による威嚇であると捉えている。例えば、中国の軍事専門家は、ロシアが新型ICBMを試験発射することにより米国やNATOの更なる対ウクライナ支援を防ぐことを企図したと指摘している[5]。そして、中国は、上述した通り、核兵器による威嚇が露・ウ戦争への米国の直接的な軍事介入を抑止したと考えている。
このようなロシアの核兵器による威嚇方法は、中国がこれまで核抑止の方法として位置づけてきたものと同様である。具体的には、中国の国防大学は2020年に軍事戦略に係る書籍(『戦略学(2020年修訂)』)を出版し、その中で以下の表に示すような「戦争の雰囲気の醸成」等8つの「戦略抑止」の方法とその行動例を記している[6]。
「戦略抑止」の方法 | 主な行動例 |
---|---|
戦争の雰囲気の醸成 | 党・国家・軍の指導者が声明を発表し戦争をいとわない決心を公表、全国人民代表大会が戦争動員令を適宜発出等。 |
先進的な兵器の展示 | 軍事パレード、兵器展示、兵器の試験発射と実射、実爆等。 |
軍事演習の実施 | 戦略・戦役演習、戦術演習、他国の軍隊との二国間又は多国間共同軍事演習等。 |
軍事展開の調整 | 軍事力を特定方向へ機動・集結、陸・海・空配備型の戦略核兵器の機動等。 |
戦争準備態勢の強化 | 具体例の明示なし。 |
情報攻撃の実施 | 電子妨害用無人機による電磁作戦、衛星通信妨害力による敵の通信衛星や海事衛星への妨害等。 |
限定的な軍事行動 | 軍事演習や兵器の試験発射を名目として、演習区域、試験区域又は飛行禁止区域(航行禁止区域)を定め、特定の海域及び空域で管制や隔離を実施等。 |
警告的な軍事攻撃 | 戦略・戦役ミサイル又は空中突撃能力を使用した長距離精密打撃等。 |
表 「戦略抑止」の方法と主な行動例[7]
他方、ロシアは露・ウクライナ戦争で、ウクライナ侵攻直前に核戦力を含む軍事演習を実施したほか、侵攻後に新型ICBMを試験発射している。これらのロシアによる核の威嚇の方法と中国の「戦略抑止」の方法を見比べてみると、前者のウクライナ侵攻直前の軍事演習の実施は中国の戦略抑止の方法である「軍事演習の実施」の行動例である「戦略・戦役演習」に、後者の新型ICBMの試験発射は「先進的な兵器の展示」の行動例である「兵器の試験発射と実射」に該当すると考えられる。なお、『戦略学(2020年修訂)』によると、「戦略抑止」は「国家や軍隊が一定の政治的目的を実現するため、強大な軍事力を基礎に、多様な手段を総合的に運用し、力や力を使用する決意を巧妙に示すことを通じ、割に合わない、更には受け入れがたい結果に相手を直面させ、それにより譲歩、妥協或いは屈服を強いる軍事闘争手段の一つである」と定義されている[8]。そして、「戦略抑止」には、核抑止、通常抑止、宇宙空間抑止、情報抑止、そして人民戦争抑止の5つの種類がある[9]。そして、核弾頭搭載ミサイルと通常弾頭搭載ミサイルを運用するロケット軍が戦略抑止の中核であると言われている[10]。
このように、中国は、ロシアの核による威嚇が露・ウ戦争への米国の直接的な軍事介入を抑止したと考えるとともに、ロシアが採用した核による威嚇の方法が中国の「戦略抑止」の方法と同様であることを受け、中国は自らの「戦略抑止」の方法が機能すると自信を深めたと考えられる。「戦略抑止」を実行する候補としては、中国が多数保有する核弾頭搭載可能なMRBM(準中距離弾道ミサイル)、IRBM(中距離弾道ミサイル)、ICBM、そしてSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)が挙げられる[11]。
おわりに ―台湾有事への含意
ここまで述べてきたように、中国は露・ウ戦争でのロシアの核による威嚇とその結果を受け、自国の核兵器の新たな役割として「他国の直接的な軍事介入の抑止」に注目するとともに、自らの「戦略抑止」の方法に対する自信を深めたと考えられる。
これらは台湾有事への含意を持っている。つまり、仮に台湾有事が発生した場合、中国は、他国の直接的な軍事介入を抑止するため、核弾頭搭載ミサイルを運用し、「軍事演習の実施」や「先進的な兵器の展示」等の「戦略抑止」の方法を実行に移す可能性がある。ただし、上述したように、このような動きは中国が長年宣言してきた核の先行不使用政策と矛盾するものである。このため、他国の直接的な軍事介入の抑止のための中国による核の威嚇は中国にとって一定のハードルがある点に留意が必要である。
[1] 「杨育才:美国对当前核“不安全”负主责」(2022年8月3日)『環球網』〈https://opinion.huanqiu.com/article/495BVMzwZ9M〉(2022年12月19日閲覧)。 [2] “PLA adopts nuclear deterrence to stop foreign intervention on Taiwan: analysts,” South China Morning Post, August 21, 2022, https://www.scmp.com/news/china/military/article/3189597/pla-adopts-nuclear-deterrence-stop-foreign-intervention-taiwan (accessed 2022-12-19). [3] 「《新时代的中国国防》白皮书(全文)」(2019年7月24日)中华人民共和国国务院新闻办公室〈http://www.scio.gov.cn/ztk/dtzt/39912/41132/41134/Document/1660318/1660318.htm〉(2022年12月19日閲覧)。 [4] 「习近平:高举中国特色社会主义伟大旗帜 为全面建设社会主义现代化国家而团结奋斗——在中国共产党第二十次全国代表大会上的报告」(2022年10月25日)中华人民共和国中央人民政府〈http://www.gov.cn/xinwen/2022-10/25/content_5721685.htm〉(2022年12月24日閲覧)。 [5] 「[今日亚洲]俄成功试射“最强洲际导弹”」『中央电视台网』(2022年4月21日)〈https://tv.cctv.com/2022/04/21/VIDEeNcQdYsRsb01ZVz6HhyZ220421.shtml〉(2022年12月22日閲覧)。 [6] 肖天亮主編『战略学(2020年修订)』(国防大学出版社、2020年)135-138頁。 [7] 肖主編『战略学(2020年修订)』を元に筆者が作成。 [8] 同上、126‐127頁。 [9] 同上、128‐131頁。 [10] 「陆军领导机构火箭军战略支援部队成立大会在京举行」(2016年1月2日)『人民網』〈http://politics.people.com.cn/n1/2016/0102/c1024-28003584.html〉(2022年12月20日閲覧)。 [11] “10. World nuclear forces,” SIPRI, September 21, 2022, https://sipri.org/sites/default/files/YB22%2010%20World%20Nuclear%20Forces.pdf (accessed 2022-12-19).
一橋大学大学院法学研究科修士課程所属。大阪大学外国語学部卒業。