2023年1月28日、グローバル・ガバナンス研究センター(GGR)は、「国家建設、紛争、国際関係」をテーマに国際ワークショップを開催し、国際関係分野の研究者・学生約16名が集まり、最新の研究成果について議論を行いました。
1.セッション1
本セッションでは、クシシュトフ・クラコフスキー専任講師(コレジオ・カルロ・アルベルト:CCA)と向山直佑准教授(東京大学未来ビジョン研究センター)がそれぞれの研究結果を発表しました。クラコフスキー氏は、「文化多様性と国家建設:パキスタンの事例から」というタイトルの共著論文を発表しました。クラコフスキー氏は、多様なコミュニティと国家建設への支持の関係について対立する命題を紹介した後、①多様なコミュニティは、どのような場合に集団間の非協力が強まったり、紛争への恐怖を抱いたりするのか、②それが国家建設への選好とはどう関連するのか、という問題を取り上げました。この問題に対し、クラコフスキー氏は、旧連邦統治部族地域(FATA)の文脈から「分画化」と「分離」という概念を用いて説明しました。最後に、クラコフスキー氏は、分画化された地方では集団間の接触が多いため、より包括的な国家建設に繋がり、分離された地方では集団間の接触が少ないため、より安全志向の国家が求められると主張しました。
セッションの後半では、向山准教授が「植民地時代の石油と国家建設」に関する研究を発表しました。向山准教授は、第二次世界大戦後の世界的な脱植民地化と領土の再編成の中で、合併プロジェクトに参加したほとんどの植民地が他国家に合併された一方で、合併を拒否し、独立を達成した植民地があった理由について報告しました。1970年代にイギリスから独立し、アラブ首長国連邦(UAE)の一部になったラアス・アル=ハイマ(Ras al-Khaimah)と、UAEの一部にはならずに独立を達成したカタールとバーレーンを比較した向山氏は、この違いが生まれた原因として①独立前の石油生産量と②保護領制度(protectorate system)の2点を指摘しました。3つの地域はいずれもイギリスの保護領であり、サウジアラビアといった外国からの脅威から守られていた一方で、ラアス・アル=ハイマのみ油田がみつからなかったため、当国は独立できるほどの力を持てなかったことを明らかにしました。こうして、天然資源が主権に対して持つ影響について注目する必要性を主張しました。
2.セッション2
続いて、スコット・ゲイツ教授(オスロ大学;オスロ平和研究所(PRIO))と多湖淳教授(早稲田大学政治経済学術院)による報告が行われました。セッションの前半では、スコット教授が「不忠誠を解き明かす:治安部隊の反抗戦略と破壊的行動」というタイトルで発表しました。ゲイツ教授は、キャンペーンの結果、特に「非暴力」キャンペーンに焦点を当てながら治安部隊の忠誠心の変化を検討しました。非暴力は忠誠心の変化にどう結び付くのか、といった、市民抵抗、市民戦争に関する先行文献でみられる常識を補完しながら、ゲイツ教授は、7種類の不誠実さを紹介し、非暴力的戦略と暴力的戦略の両方が異なるタイプの破壊的行動をもたらすことを論じました。非暴力的なキャンペーンの場合、治安部隊が怠けたり、キャンペーンへの支持を表明したり、政権への支持をやめたりする傾向が見られる一方、暴力的なキャンペーンでは、脱走や横滑りが多く見られると結論付けました。
セッションの後半では、多湖教授が「見えない危機における政治的コミュニケーション:日米の調査実験」というタイトルで発表しました。多湖教授は、有事における国家による政治メッセージの発信について、「相手国への非難メッセージを出すことは、コメントしないことよりも第三国の国民からの支持を高める」という先行研究の検証を、サーベイ実験を通して行い、その結果を報告しました。アメリカと日本の各国2400人を対象にして行われたサーベイ実験では、ウクライナ南部にあるザポリージャ原発で攻撃が起こったと想定し、①ロシアとウクライナがお互いを非難、②ロがウを非難/ウはノーコメント、③ロはノーコメント/ウはロを非難、④ロもウもノーコメントといった、4つのシナリオを受け取った人によって、ウクライナ/ロシアに対する支持がどのように変化するかを分析しました。その結果、先行研究通り、ウクライナとロシアの両国ともに、相手国に非難メッセージを出すことで、自国に対する第三国国民からの支持を高められることが検証されました。また、ウクライナ情勢について米国とドイツが異なる見解を発表したという想定下では、米国・日本国民のウクライナへの支持が低下することもサーベイ実験で明らかになりました。
3.セッション3
最後のセッションでは、ウ・ユジン専任講師(一橋大学大学院法学研究科)と菊田恭輔氏(日本貿易振興機構アジア経済研究所)の研究報告がありました。セッションの前半では、ウ氏が「政治体制と難民組織:難民と受け入れ政府の選好と意思決定」というタイトルで発表しました。ウ氏は、難民の移動や方向性の違いに注目し、難民の移動は難民と受け入れ国の政治エリート両方の選好の相互作用の結果であることを指摘し、また、民主主義国家では難民申請件数が多い一方難民認定数が少ない傾向があるとして、政治体制による難民の選好が形成されていることを強調しました。このような主張は、世界データセットやその他の統計データを用いた研究者の分析によって裏付けられました。
セッションの後半では、菊田氏が「ノーベル平和賞は女性の人権を向上させるのか?国際関係における賞と賞賛」というタイトルで発表しました。菊田氏は、象徴的なイベントが国際関係に与える影響を分析するために、ノーベル平和賞が女性の権利に与える影響について計量分析(自然実験)を行いその結果を報告しました。菊田氏は、ノーベル平和賞が女性の権利活動家に贈られると、女性団体に対する信頼が高まり、また女性への暴力が減少することを明らかにしました。しかし、これらの変化は短期的であり、制度的な変化が生じているという決定的な証拠は見つかりませんでした。こうした分析結果より菊田氏は、ノーベル平和賞の授与という象徴的なイベントが実際の世界に変化をもたらす可能性があることを示している一方で、その変化をどのように維持できるかが重要であると主張しました。
【イベントレポート作成】
中野 智仁(一橋大学国際・公共政策大学院 修士課程)
チョン・ミンヒ(一橋大学大学院法学研究科 博士後期課程)
*本イベントは、日本学術振興会国際共同研究推進費補助金(国際共同研究育成事業)「国家の対反乱政策とその制約」によるものです。