グローバル・ガバナンス研究センター(Institute for Global Governance Research: GGR)とノルウェー防衛技術研究機構(Norwegian Defence Research Establishment: FFI)は、2022年12月3日に「デジタル時代のプロパガンダ・偽情報・影響 -グローバルな影響範囲、リージョナルな課題」と題する国際会議を開催しました。本会議では、影響工作研究を行う著名な研究者が世界中から集い、偽情報とその影響力に関する最新の研究成果を発表し、議論を行いました。
セッション1 イントロダクション -ノルウェーと日本の研究
本セッションでは、市原麻衣子教授(一橋大学)とアーリル・ベルグ氏(ノルウェー防衛技術研究機構;一橋大学)が、日本とノルウェーにおける影響工作の状況に関するフレームワークを提示しました。続いて、沖縄(日本)とフィンマルク(ノルウェー)における影響工作に関して、各地域の住民を対象としたキャンペーンの効果に焦点を当てた、進行中の比較研究のベースラインについて発表がありました。
セッション2 影響力の地平線 -影響工作研究
本セッションの前半では、ベレン・カラスコ・ロドリゲス氏(情報レジリエンスセンター)が、ウクライナ侵攻におけるロシアの偽情報に関する研究結果を発表しました。また、偽のファクトチェッカーに対抗する方法や、偽情報を追跡するためのオープンソース資料の使用に関する方法論の紹介がありました。ロドリゲス氏は、GPS画像を利用したファクトチェックが可能だと述べ、ウクライナ・ブチャの事例について言及しました。
セッションの後半では、レア・ビョルグル氏(ノルウェー防衛技術研究機構)が「認知戦(cognitive warfare)」の概念について発表し、研究や公共政策の両方の領域で、認知戦の明確な定義を定めることが必要であると論じました。また、認知戦に関する重要な問題として、認知戦の脅威から国民をいかに守るか、国家や組織の中で誰が責任を負うべきか、どのレベルの防衛を行うか、などが横たわっていると議論しました。また、レジリエンスを高めるための教育の重要性や、軍事力の問題に関する指摘もありました。
セッション3 影響工作における国家主体
本セッションの前半では、トビアス・セーテル氏(ノルウェー国防軍司令部・幕僚大学)が影響工作について、戦略的なナラティブ、特にロシアの報道機関である「リア・ノーボスチ通信・ウクライナ(Ria Novosti Ukraine)」について発表しました。リア・ノーボスチ通信・ウクライナは、ウクライナの新法成立に伴って他のロシアメディアとともに禁止されたものの、その後も「ソフト」な影響力は残っていたことを明らかにしました。また、2014年の社会不安とクリミア侵攻時にもナラティブは広がり、その影響は2022年の侵攻時にも残っていたと論じました。セーテル氏の発表では、偽情報と人々が生きる現実との間の認知的解離には限界があるという興味深い示唆がありました。
エリー・ヤング氏(フリーダムハウス)は、北京グローバルメディア影響力(Beijing Global Media Influence: BGMI)報告書の成果を発表しました。報告書では、中国の影響力とプロパガンダ活動の程度、そして一般市民と意思決定者への影響を評価するために30カ国で実施された調査の結果をまとめており、その重要な成果として、ウィンウィン関係やグローバルサウス協力だとして、中国が自らのポジティブなイメージを形成する目的があることを明らかにされました。また、現地での検閲、自己検閲(および批判の封じ込め)、現地語の使用、伝統的メディアにおける高い存在感、メディア・プラットフォームや技術インフラの獲得など、その効果については国や言語によって様々な結果があることが明らかになりました。
セッション4 サブナショナルな影響力 -努力に見合うか?
本セッションは、サブナショナルな影響力をテーマに、ルネ・ラファエルセン氏(ノルウェー元キルケネス市長)と参加者が直接意見交換するオープンディスカッション形式で実施されました。ノルウェーのキルケネス市は、歴史的・地理的にロシアと密接な関係を有しており、影響工作を理解し対処する上で重要な事例です。本議論では、キルケネス市とロシアの関係の変遷を理解する上で重要なトピックとして、ロシアによるウクライナ侵攻後、市内でキリル文字看板が撤去されたことが取り上げられました。民族の多様性および難民の流入が常にこの地域の特徴であったとも指摘されました。また、ロシアのリベラル派もロシア帝国主義にある程度は賛成していたようだという事実にも触れられ、議論の的になりました。最後にラファエルセン氏からは、中国の北極圏への関心についても言及がありました。
セッション5 影響工作に対抗できるか?
中谷昇氏(セーファーインターネット協会)は、一国のサイバースペースに多数のアクターが存在することへの問題提起を行い、影響工作は、地政学的問題の高まりの表れであり、外交・地政学的な戦略が必要であると主張しました。また中谷氏は、日本世論の米国に対するコメントの意味をロシアがねじ曲げて翻訳したことを例にとり、翻訳がニュースやコミュニケーションの意味をねじ曲げ、世論を形成するために利用されていると指摘しました。
スティーン・ステーンセン氏(オスロ メトロポリタン大学)は、ファクトチェック・プラットフォームの利用が拡大しており、大手企業(MetaやTikTokなど)と第三者ファクトチェック機関(Third-Party Fact-Checking Program: 3PFC)が協力して各社のプラットフォームにおける偽情報に対抗していることを報告しました。ステーンセン氏は、3PFCがどのように収益を得ているか、ファクトチェックはクラウドソースか否か、自らのビジネスに影響を与えうるファクトチェックの場合プラットフォームは何を重要視しているかなど、3PFCとの関係上考慮すべきプラットフォームごとの違いや重要な問題点を説明しました。またステーンセン氏は、意思決定プロセスの透明性が非常に重要である一方で、その確認を行なっていないプラットフォームがあることを指摘しました。さらに、コンテンツを制作する主体を対象に、誰が意思決定を行なっているのかを問うデジタルソース批判(digital source criticism)の概念も紹介しました。最後に、偽情報に対抗するためのツールと提言は、それぞれの文脈で何がより効果的であるかを確認するために、並行して検証されるべきであると主張しました。
【イベントレポート作成】
ハニグ・ヌニェズ・サッシャ(一橋大学国際・公共政策大学院 修士課程)
【翻訳】
中野智仁(一橋大学国際・公共政策大学院 修士課程)
土方祐治(一橋大学国際・公共政策大学院 修士課程)