2025年4月30日、一橋大学グローバル・ガバナンス研究センター(GGR)は、第38回ブラウンバッグランチセミナー「EUとジェンダー平等:イスタンブール条約とEUへの影響」を開催し、サラ・デ・ヴィド氏(国際法教授・イタリア・ヴェネツィア・カフォスカリ大学)を講師に招きました。
デ・ヴィド氏は、ジェンダー平等が欧州連合(EU)の基本的価値の一つであり、その法制度や政策の枠組みに明確に位置づけられている点を強調しました。EUの主要条約であるEU条約(TEU)第2条および第3条、EU機能条約(TFEU)第8条は、ジェンダー平等の推進を義務づけており、これはイスタンブール条約が強調する構造的平等の理念とも一致しています。また、EU基本権憲章においても、男女間の平等が基本的人権として保障されています。デ・ヴィド氏は、EUにおける二次法の発展過程についても説明し、当初は雇用における同一賃金および待遇の平等に焦点が当てられていたこと、そして2006年に制定された改正指令(Recast Directive)によって、これらの規定が大きく統合されたことを指摘しました。
しかし、女性に対する暴力(VAW)への制度的対応は、依然として不十分なままでした。たしかに、被害者の権利に関する指令(2012/29/EU)では、ジェンダーに基づく暴力が一定程度認識されていましたが、女性に対する暴力が「基本的人権の侵害」および「構造的差別」として明確に位置づけられたのは、近年採択された「女性に対する暴力およびドメスティック・バイオレンス防止に関する指令」においてです。この新たな指令の採択により、EU法はイスタンブール条約の理念と、より一層整合するものとなりました。
2011年に採択されたイスタンブール条約は、女性に対する暴力(VAW)およびドメスティック・バイオレンスに関する国際条約として、現在も最も包括的な内容を持つものとされています。同条約は、女性に対する暴力を身体的、性的、心理的、経済的被害を含む広範な概念として定義しており、「予防」「保護」「訴追」「統合的政策」の4本柱を重視しています。さらに、移民女性の脆弱性などに着目した交差的なアプローチの必要性も強調しています。EUがこの条約に加盟することで、自らの法体系全体における整合性が一層高まることになります。
質疑応答では、欧州人工知能法(EIAC)とジェンダーに関する影響が議論の焦点となりました。デ・ヴィド氏は、EIACの「中立的」アプローチを批判し、それがディープフェイクや同意のない画像の共有といった、ジェンダーに基づく被害を見落としていると指摘しました。また、EIACと新たに採択された女性に対する暴力(VAW)指令との間に連携が見られない点にも言及し、制度の断片化が被害者保護の弱体化を招くと警鐘を鳴らしました。さらに、イスタンブール条約第6条を引用し、ジェンダーに関する配慮は、性暴力関連政策に限らず、EUのあらゆる政策に求められるべきであると強調しました。
最後にデ・ヴィド氏は、イスタンブール条約がEUにおけるジェンダー平等の議題を雇用領域を超えて大きく広げ、安全、正義、尊厳といった価値へのコミットメントを強化してきたことを強調しました。同条約をEU法に統合することは、包摂的な保護に対するEUのより深い責任を示すものであり、EUをジェンダー平等の分野における国際的リーダーとして位置づけるものでもあると述べました。
【イベントレポート作成】
ビラル・ホサイン(一橋大学大学院法学研究科博士課程)
羅 喬郁(一橋大学国際公共政策大学院修士課程)
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