民主主義・人権プログラム
巨人に立ち向かう―中国共産党のグローバルな反民主主義キャンペーンを阻止する香港発のカウンター・ナラティブ
出版日2025年12月26日
書誌名Issue Briefing No. 106
著者名スラストリ, ハニグ ヌニュズ・サシャ
要旨 *この論文は2024年4月10日に実施されたインタビューをもとに作成された。
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巨人に立ち向かう
―中国共産党のグローバルな反民主主義キャンペーンを阻止する香港発のカウンター・ナラティブ

聞き手・著者:スラストリ
(一橋大学 国際・公共政策大学院 修士課程)
著者:ハニグ ヌニュズ・サシャ
(一橋大学 法学研究科 博士課程)
2025年12月26日

*この論文は2024年4月10日に実施されたインタビューをもとに作成された。

2014年、香港は黄色い傘で覆われた。雨の多い街に立ち込める重苦しい灰色の雲は、暮れかかる自由と同時に、決して屈しない民主派の香港人たちの夜明けを象徴していた。彼らは、自らのアイデンティティ、自由、権利、自治制度を守るため、あらゆる困難に立ち向かう覚悟を持っていた。当時、中国共産党は親中派の代表を香港政府に押し込むため、一連の改革を強行しようとした。一連の座り込み抗議デモが3ヶ月ほど続き、民主化運動が国際化する形で頂点に達した。

アテナ・ケリン・トン(Athena Kerin Tong)氏はこれら一連の出来事が起こった時は学部生だったが、運動の若いリーダーたちは彼女と同年代かそれより年下だった。それもあって、彼女は彼らの活動についてもっと知りたいと感じるようになった。アテナ氏の好奇心は、幾人かの教師によって刺激された。教師らは、人権と地政学の重要性、社会の価値観の理解、そして物事が誤った方向へ進んだ際に説明責任を果たすためのチェック・アンド・バランスの仕組みを教えてくれた。ジャーナリズムの世界に飛び込んだ彼女は多くの政治家を追いかけ、それが彼女のアイデンティティと不可分となる活動家としての始まりとなった。

アテナ氏はどちらかというと政治に無関心な家庭で育ったが、両親は常に彼女の好奇心を後押しした。「(私の父は)いつも学術的興味を持っていました。常に学問的好奇心が旺盛で、私にどう考えるべきかを指示することはありませんでしたが、私が物事をどのようにとらえ、あるテーマについて学ぶことの真理や、興味深い点を見つけようとすることに大きな影響を与えました。(中略)また私の母は医療関係の仕事をしているので、健康や文化について詳しく教えてくれましたし、文化の影響についてもよく話しました。例えば、英国が特定のインフラや政府の言説にどのような影響を与えているか、私たちが歴史をどのように受け止めているか、などです。」

アテナ氏は、香港の大混乱や、中国共産党が自国民との約束を反故にしてきた事実を目の当たりにし、中国の主張は信頼できないものであり、国際的な民主主義に対する脅威であると考えている。彼女はこう説明した。「彼ら(中国共産党)は言説を作り出し、国家ナラティブを形成します。その結果として、私たちの今日の中国に対する認識、また、かつて私たちが国際秩序に基づくルールとして理解していたものをどのように変えてゆくのかに繋がるのです。」

ナラティブはしばしば表面的なものと思われがちだが、人々の人生を根底から形作ることもある。「ISISは、イスラム教徒であること、またイスラム教徒ではない国に住みながらその宗教を信仰する意味についての議論を浸透させています。(そうすることで)彼らは海外在住の移民2世の姿を形作ってきました」と彼女は例示した。最終的に、この深刻なナラティブの影響を受けた家族、コミュニティの運命を変え、さらには国の政策にまで波及した。その意味で、アテナ氏はこの現象に確かな脅威を感じ、特に2024年1月の選挙期間中に、この現象が台湾に影響を及ぼす可能性について調査してきた。彼女の関心は、中国のハイブリット戦術の探究にも及んでいる。中国政府はこの戦術を「経済的強制と影響工作を通じて」行っている。「特に一帯一路構想では、東南アジア諸国といった周辺国が対象となっています。また、アフリカ諸国も多額の融資を受けてインフラが整備されてきました。返済できない場合、特に現在の経済状況を考えれば、国連における投票行動を通じた政治的方法で返済させられることになります。中国はこうした手法を複数の形で巧みに用いています。」

アテナ氏の香港での経験に起因するもう一つの重要な問題は、ジャーナリストや活動家に対する絶え間ない迫害と取り締まり、そして不当な扱いと迫害の脅威が依然として残っていることだ。ジミー・ライ(Jimmy Lai)氏のような人物はいまだに投獄されたままであり、サイモン・チェン(Simon Cheng)氏や最近ではアグネス・チョウ(周庭)氏のような多くの活動家が香港を離れながらも、自己検閲を強いられてしまっている。この絶え間ない危険は、「物事への対応速度だけでなく、情報へのアクセスや大衆への情報発信さえも制限してしまいます」。

アテナ氏は、現状と悪名高い文化大革命を比較し次のように述べた。「文化大革命では、独裁体制によって中国本土、マカオ、香港間の通信や往来を数十年間にわたって遮断しましたが、2002年にWTOに加盟した後、人々は再び自由に往来できるようになりました。ただ、今現在懸賞金をかけられた活動家たちは自由に移動できない、そして家族さえも外出できないかもしれません。逮捕される危険を冒さなければ移動すらできないのです。まるで歴史が別の形で繰り返されているかのようです。」もちろん、これは家族、人間関係、友人関係、そして活動家の精神状態に影響を与える。「香港の活動家である私たちにとって、家族についてあまり多くを語ることは危険を伴うため難しいです。人権運動における『ノーハーム・プリンシプル(無害の原則)』に反し、現地にいる家族らを危険にさらすリスクがあるからです。以前、同僚で同じ政党に所属していた人たちが、このような嫌がらせを受けたのを私自身目にしています。」この行動によって、香港の人々は他人と親密な関係を構築することに恐れを抱くようになっている。他人に対する不信感が高まってしまっている。

アテナ氏が言うように、国際的な支援の欠如が、この恐怖と孤独感、絶望感を助長している。「香港のために何かをするというインセンティブが、利害関係者に欠けています。この姿勢はチベットやタイの活動家、そしてミャンマーの活動家などの地域でも同様です。しかし、他の活動家たちが自分たちの権利のために活動しているのを見ると、私たちも困難に直面していながらも、勇気づけられます。」この背景には、中国の政治的・経済的影響力がある。「一部の政府は、自分たちに利益をもたらさない限り、思い切った行動を望みません。そのため、たとえ同調する国々があっても、中国を刺激し過ぎることを避けているのです。香港基本法第23条に基づく厳しい規制(国家安全維持法など)が施行される限り、私たちは常に最新情報を提供し続けることもできないかもしれません。」

 

【日本語翻訳】
熊坂 健太(一橋大学 国際・公共政策大学院 修士課程)
中島 崇裕(一橋大学大学院法学研究科 修士課程)

プロフィール

アテナ・ケリン・トン氏は、東京大学客員研究員、中国戦略リスク研究所の研究員。2022年に東京へ移住する前は、2015年から香港の政治・人権擁護の分野で働き、国際的な擁護活動の指揮を執ってきた。香港バプテスト大学、パリ政治学院、ロンドン大学を卒業し、学業ではサイコポリティクス、アイデンティティ構築、政治コミュニケーションを中心に学んだ。現在の研究分野は、中国に関連する人権外交、対抗影響力工作、経済安全保障など。