民主主義・人権プログラム
影響工作を巡る懸念 ―研究者の役割と課題
出版日2025年11月26日
書誌名Issue Briefing No. 105
著者名アーリル・ベルグ(Arild Bergh)
要旨 本報告書は、沖縄の潜在的な操作対象層が、中国が行う外国による情報操作と干渉(Foreign Information, Manipulation and Interference: FIMI)をどのように認識しているかを分析するものである。こうした秘密裏の影響工作は、民主主義国家の世論を誘導し、政策に影響を与えることを目的としている。ソーシャルメディアやデジタルプラットフォームの世界的な普及により、これらの活動は民主的な議論や社会の安定を脅かす可能性がある。しかし本研究では、現地における実際の影響が、従来の研究や世論において過大評価されている傾向があることが明らかになった。FIMI活動に対する理解と対応力を高めるためには、以下の4つの課題を検討する必要がある。すなわち、1)FIMIが介入する地域固有の文脈、2)研究者が分析の対象とするレベル、3)活動で用いられるナラティブの起源、4)関与する対象グループである。これらの要素を踏まえて影響活動のインパクトを分析することで、民主主義社会におけるFIMIへのより効果的な対応につながることが期待される。
本文ダウンロード 本文

影響工作を巡る懸念
―研究者の役割と課題

アーリル・ベルグ(Arild Bergh)
(ノルウェー防衛技術研究機構 主任研究員)
2025年11月26日

 

はじめに

本稿は、筆者が2022〜2023年に一橋大学の客員研究員として市原麻衣子教授とともに実施した調査に基づいている。訪問の目的は、中国による海外での影響活動に関連する諸課題を探究することであった。国家や組織が偽装などを用いて、他者の見解や行動を不当に操作しようとする協調的な取り組みは、過去10年間で世界各地の民主主義国家に対する深刻な脅威として浮上してきた。このような活動は一般的にはロシアと関連付けられることが多いが、中国も独自の手法とアプローチで積極的に関与している[1]

これらの活動は、欧州連合によって「外国による情報操作と干渉(Foreign Information, Manipulation and Interference: FIMI)」と定義されており[2]、本稿でもこの表現を用いる。最も有名なFIMIの例としては、2016年の米国大統領選挙に対するロシアの介入が挙げられる。しかし、FIMIはそれだけではなく、新型コロナウイルスのワクチンに関する偽情報を拡散する周縁的な陰謀論者から、中国系アクターに雇われたインフルエンサーによる情報発信に至るまで、民主主義国家の言論空間を徐々に蝕んでいる[3]。国際政治において、他者を密かに影響下に置こうとする試みは決して新しいものではないが、新たな情報通信環境により、国境を越えて摩擦なくリアルタイムで情報を拡散できるようになったことで、FIMIの影響力は飛躍的に拡大している。ソーシャルメディアのアルゴリズムにより、異なるオーディエンスに対して自動的に最適化されたコンテンツを届けられるようになったこと、また加害者の身元を隠すために複数の偽装されたアイデンティティを用いることが可能になったことが、大きな転換点となった。

このような状況は、非民主主義国が民主主義諸国の犠牲のもとで自国の目標を達成しようとする姿勢を強める中で、特に問題となっている。ウクライナ侵攻以前からロシアは、ウクライナをロシアの一部と描写し、現在のウクライナをナチス国家として印象付けるキャンペーンを展開していた。現在もロシアは、諸外国の国内および国家間の分断を煽ることで、ウクライナ支援の弱体化を図っている。ロシアによるウクライナ侵攻は近年最も深刻な事例であるが、中国による台湾や中国周辺の島嶼の併合に関する強硬な言説の使用も、近年の戦略的変化を示す一例である。

 

調査地の選定

筆者は2016年以降、ソーシャルメディアの悪用、影響工作、偽情報・誤情報といったテーマについて研究を行ってきた[4]。今回の訪問では、ソーシャルメディアを通じたFIMIの現地における実体験を調査することに関心をもった。当初は、ネット右翼のような極右的オンライン集団や、一般的なオンライン上の誤情報・偽情報問題を調査していたが、最終的に沖縄県が有効なケーススタディとなる可能性が高いと判断した。文献および報道を幅広く調査した結果、中国による沖縄への影響に関する複数の報告が確認された[5]。米軍基地反対運動に関する議論は国際メディアでも頻繁に取り上げられており[6]、また極右的集団による沖縄住民への否定的な言説も報道されていた[7]。さらに、中国の影響工作の世界的な展開を評価したフランスの詳細な報告書では、沖縄が中国の影響工作によって大きく操作されている可能性が示唆されている[8]

ソーシャルメディアを利用したFIMIといえば多くの人はロシアを想起するが、中国もこの分野においては主要なアクターである。市原による研究は[9]、中国共産党による主張の、日本のニュースポータルへの流入の実態を示している。また、FacebookやYouTubeなどのソーシャルメディアを通じた偽情報の継続的な拡散も、繰り返し確認されている。複数の言語を操るインフルエンサーのネットワークは、親中共的な主張やデータの拡散に活用されており[10]、最近ではGraphikaの報告により、2024年の米国大統領選挙への影響を試みる動きも確認された(ただし、これらのアカウントは現実のオンラインコミュニティにおいてほとんど影響力を持たなかったとされている)[11]。日本以外でも、台湾では中国によるFIMI活動が多数確認されており、特に親中派でない政治家の信用を失墜させることを目的として行われている[12]

 

図1:中国の影響工作の進化の一例 ─香港の民主活動家への粗雑な攻撃から、攻撃的なインフルエンサーを経て、より友好的で控えめな女性インフルエンサーへ

 

以下で詳述するように、ニュース報道や研究では、沖縄の地理的な位置や中国との歴史的なつながりに焦点が当てられてきた。本稿では、FIMIに関連して、攻撃的な国家が情報工作を通じて他国の国民を操作しようとする能力を有する現代において、「センシティブ・ボーダーランド(敏感な境界地域)」という概念に注目する意義を指摘する。ここでいう「センシティブ・ボーダーランド」とは、武力紛争時には国家防衛の中核を担う一方、平時には国家の地政学的周縁に位置付けられる地域である。こうした地域は、日常政治における無関心や軽視によって疎外感を抱えながらも、有事には他国との衝突において大きな物理的負担を強いられることになる。非民主的なアクターが民主国家内部の分断を巧みに利用する能力を示してきたことを踏まえると、こうした地域の住民が中央政府への不信感を抱き、それが影響力工作の利用主体に資するよう「武器化」され、内部対立をさらに深刻化させる可能性も考えられる。

 

調査手法

このような背景から、本調査では沖縄を調査地として選定した。採用した手法は、グラウンデッド・セオリー(帰納的理論)に基づく質的調査である。このアプローチでは、仮説を先に立てて検証するのではなく、まずデータを収集し、それを反復的に分析することで知見を導き出し、理論化を図る。

実際のフィールドワークは、まず2022年10月に沖縄本島において半構造化インタビューとして実施し、続いて2023年2月により南に位置する宮古島で調査を行った。沖縄および宮古島では、平和活動家、軍人の妻、地域のエリート層を代表するメディア関係者、漁師など、多様な背景を持つ26名にインタビューを実施した。調査対象者にとって、私は完全な部外者であった。ヨーロッパの小国から来たこともあり、情報提供者たちは私を日本政府や中国、あるいは地元の米軍基地と結びつけて捉えることはなかった。加えて、調査の前後には東京に滞在し、十数名の研究者やジャーナリストと面談を行うことで、調査全体の文脈理解を補強した。

 

沖縄 -背景と文脈

図2:東シナ海における沖縄の島々

出典:en:user:Jpatokal による画像。demis.nl地図サーバーのパブリックドメイン描画に基づき作成。CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commons経由で提供。

 

日本の沖縄県は、本土の南に位置する島嶼群からなる県であり、中国と太平洋の間に位置し、日本から台湾へと伸びる地理的配置にある。この地理的条件こそが、沖縄を広域的な地政学的文脈において重要な存在とする要因である。

約500年にわたり、沖縄の島々は琉球王国という独立国家であった。この期間中、琉球は中国の朝貢国であったが、次第に日本の影響も受け入れる必要に迫られていった。1879年、日本は琉球王国を併合し、自国に編入した。現在では沖縄県として日本の一部を構成している。

沖縄と日本本土との関係は、現在に至るまでぎこちないものである。政治的にも(地域の声が無視される傾向がある)、文化的にも(本土の人々の多くが沖縄の人々に否定的な見方を持つ)、総じて否定的に扱われがちである。第二次世界大戦中、沖縄は本土を守るために事実上「犠牲」とされ、日米間の激戦の中で多くの民間人が命を落とした[13]。戦後、沖縄諸島は戦勝国であるアメリカによって占領され、その支配は1972年に沖縄が日本に返還されるまで続いた。

1945年以降、沖縄には多数の米軍基地が建設された。現在もその多くが稼働しており、米軍によって直接管理されている。これにより、土地の喪失、地域による管理権の欠如、さらには米兵による暴力事件など、地元住民にとって深刻な問題が数多く生じている[14]。時には、こうした状況に対する反発として、2010年に誕生した「オール沖縄」連合のような政治的連携も見られた。若年層はいわゆる「基地問題」への関心が比較的低い傾向にあるものの、日常生活における軍事活動による事故のリスクや、将来的な大国間の戦争において沖縄が先制攻撃の標的となる不安は根強く残っている。

今日の地政学的状況において、日本はヨーロッパの民主主義諸国と同様、アメリカに有事の際の暗黙の安全保障の担保として依存している。そのため、米軍の軍事的要請を受け入れざるを得ない。他方で、中国は自国の領土と主張する台湾の支配権獲得に注力しており、同時に周辺海域や近隣諸国に対して拡張的な姿勢を強めている。

アメリカの立場からは、中国の軍事的な動きに対抗するため、沖縄地域における軍事的プレゼンスを維持する必要があるとの認識がある。これは、過去10〜15年にわたる変化への対応であり、その間、中国はますます強硬になり、「グレーゾーン戦術」と呼ばれる手法を用いるようになった。この戦術では、戦争と見なされないレベルでの物理的な力に加え、外交・経済的圧力、情報操作、プロパガンダなどが組み合わされている。中国はこのような手法を用いて、南シナ海および東シナ海の多数の島嶼や礁に対する領有権を主張し、航行ルートの直接的支配を拡大してきた。これにより、多くの周辺国との間で摩擦が生じている。たとえば、1895年以降日本が実効支配してきた尖閣諸島に対する中国の領有権主張は、2010年に物理的な衝突にまで発展し、それ以降も両国間の争点となっている。

以上の概観から明らかになるのは、沖縄が中国に対する防衛という観点から日本全体にとって重要な地理的拠点である一方、日常の政治においては周縁化されているということである。したがって、沖縄はFIMIの標的として非常に理想的な「センシティブ・ボーダーランド」とみなすことができる。

 

FIMIに関する地域の経験 -関連する知見

沖縄県で収集したデータの詳細な分析は現在も進行中であり、当該調査は比較研究の一環として位置づけられている。比較対象としては、ノルウェー最北部に位置し、ロシアに対するセンシティブ・ボーダーランドであるフィンマルク県(Finnmark)を対象にした補完的な調査が進められている。そのため、本稿では個別の調査結果には踏み込まず、いくつかの知見を要約したうえで、調査地を選定する際に参照された報告書や報道内容と現地の実情との乖離について検討する。これを通じ、将来のFIMI研究において求められる新たな調査手法の必要性を議論する。

前述の通り、中国は「中国の物語をうまく語れ」との習近平の指示のもと、情報空間においてFIMIを積極的に展開している。しかし、沖縄本島および宮古島で現地調査を行った結果、FIMIに関する懸念が示唆するような、中国の主張の全面的な受容を裏付ける明確な証拠はほとんど確認されなかった。

地元住民の意見がFIMIによって左右される可能性があるという前提と最初に食い違ったのは、この地域におけるSNSの利用率は低いという事実である。沖縄では、地方紙や地元テレビ、ラジオといった編集済みメディアが依然として主要な情報源となっていた。宮古島では、YouTubeを除きSNSを日常的に利用する住人は少なく、YouTubeも主に実用的な情報を得るために用いられていた。TikTokやYouTubeなどを活用して島をPRしている地元のインフルエンサーでさえ、「地元の人はSNSをほとんど使わない」と嘆いていた。その一例として、宮古島でのインタビュー中に示唆的な逸話があった。調査時点では新型コロナウイルスのパンデミックは終息していたが、パンデミック期にはSNS上で多くの偽情報や陰謀論が流通していたことが広く知られている。しかし、インタビュー対象者の中で実際にそうした陰謀論に接し、それを信じていたのは沖縄本島出身の1名のみであった。地元の漁師たちは国営放送であるNHKを情報源として利用する傾向にあり、陰謀論的な見解は持っていなかった。

中国にとって有利になり得る政治的意見については、状況は一様ではなかった。地元の平和団体の中には、地域における中国の政治的意向と一致する懸念や方針を掲げているものもあった。地域の政治的・報道的エリートも、県内における米軍の過度な存在に否定的で、その縮小に向けて活動していた。また、沖縄の独立を求める運動も存在するが、有権者の支持は限られている。ただし、仮に沖縄が独立国家となり、米軍基地が撤退するような事態が生じれば、それは中国の地域的な戦略目標にとって明確に有利な展開となるだろう。

ただし、こうした意見は中国がSNSにおいてFIMI活動を始めるはるか以前から形成されていたものであり、彼らの立場は地域固有の課題に基づくものである。たとえその主張が結果的に中国の利益に資するものであったとしても、住民が単にFIMIの操り人形であると見なすのは適切ではない。FIMIが既存の見解を補強する可能性はあるが、それが見解形成の主因であるとはいえない。例えば、平和団体のオンライン募金に中国統一戦線系の団体から寄付があったり、研究者が沖縄独立をテーマに中国での講演に招かれたり、姉妹都市プロジェクトが立ちあげられたりした。しかし、しかし、表面的に見ただけでも、これらの取り組みが実質的なものではないことが明らかになった。姉妹都市プロジェクトは中国側の官僚的な事情により継続されず、講演も大規模な学会における数十の発表の一つにすぎなかった。

中国が目指す「ポジティブなイメージの構築」、すなわち反民主主義的な姿勢を隠し、周辺国に対する攻撃的な行動に対する反発を回避するという点に関しても、顕著な影響は確認されなかった。宮古島の地域住民、ことに漁業関係者は、中国に対して非常に否定的な姿勢を示していた。これは主に、尖閣諸島を巡る問題によって、漁業活動が制限されているからである。中国人観光客に対しても一定の反発が見られ、地元紙では観光客の過剰な流入に関する議論や、中国資本の店舗が地域の商店よりも利益を得ているという噂が取り上げられていた。沖縄本島で観光業に携わる情報提供者も、観光客に対してあまり好意的ではなかった。

総じて、今回のフィールドワークで得られた主要な知見は、「FIMIが現地に与える実際の影響に関しては、私たちの理解が極めて限られている」という点である。多くのFIMI関連の報告書や報道では、操作的なコンテンツが展開されると、それだけで何らかの影響が生じると仮定されている。しかし、こうしたコンテンツの制作・拡散にはほとんどコストがかからないため、実際には「展開されていても受容されていない」ケースが多数存在している可能性が高い。では、この分野における知見を深め、民主主義国家が非民主的なアクターによるFIMIに対抗ために、研究者は何をすればよいのだろうか?

 

FIMI ─懸念の「家内制手工業」と研究改善への課題

本稿の目的は、危機の際であれ、民主的規範を揺るがすためであれ、民主主義を標的とするFIMIを単に無視してよいと示唆することではない。FIMIは、新型コロナウイルスや他のワクチンに対する否定的な態度の増加など、特定の分野では明確な影響を及ぼしてきた。世界各地の選挙で見られるように、民主的な規範や実践もオンライン上の偽情報・誤情報に対して脆弱である[15]。その一方で、FacebookやX(旧Twitter)などの大手SNSプラットフォームでは、ファクトチェックやモデレーション(投稿監視)機能が大幅に削減されており[16]、偽情報や誤情報の拡散がこれまで以上に容易になっている。さらに、権威主義的な国家は今後もFIMIを積極的に用い、拡大させていくだろう。実際、直近のアメリカ大統領選挙では、中国がFIMIの一環として反ユダヤ的なナラティブを拡散していたことが確認されている[17]

とはいえ、FIMIの「出現」を報告し、(暗黙的に)その潜在的影響を過大に評価するような研究は、かえってFIMIの実行主体を利するリスクを孕んでいる。すでに他の研究者も指摘しているように、ロシアがFIMIに「成功」しなくとも、民主主義に対して否定的な影響を及ぼすことは可能である。こうしたFIMI活動が広く知られるようになると、人々は自分と異なる意見に対して不信感を抱いたり、ファクトチェック機関による偽情報の訂正に対しても疑いの目を向けるようになる可能性がある。

したがって、オンライン上で見つかったFIMI関連のコンテンツを、文脈を欠いたまま報告することは、FIMIへの対処に資するどころか、むしろ問題を拡大させる可能性がある。このように、FIMI実行主体によるオンライン上の発信内容のみを個別に取り上げる報告は、いわば「懸念の家内制手工業(cottage industry of worries)」と化している[18]

研究者が果たすべき重要な役割は、過度な不安を助長することなく、民主主義国がFIMIに対抗するために真に力を注ぐべき領域を特定できるよう、高品質な情報を提供することにある。言い換えれば、現実社会の複雑性を扱えるような調査手法を採用する必要がある。

その第一歩として、本稿では研究者が以下のようなハイレベルな課題に着目すべきであると提案する。すなわち、①FIMIが浸透する「地域的文脈」、②研究が対象とする「分析レベル」、③FIMIが用いる「ナラティブの出所」、④影響を受ける「ターゲットグループ」の特定である。

「地域的文脈」とは、FIMIが介入する際に関わる以下の2点を指す。すなわち、①地域住民が接する情報環境と、②FIMI実行主体がナラティブに取り上げる課題に対する地元の認識である。住民はFIMIが利用するSNSプラットフォームに、実際どの程度関心を持っているのであろうか。また、それらのプラットフォームはどのような役割を果たしているのであろうか。娯楽用なのか、それとも意味づけのために活用する情報源として機能しているのであろうか。本稿で論じたような深いフィールド調査が常に可能とは限らないが、それでも地域の文脈を一定程度探ることはできる。例えば、ノルウェーの報道ではX上の偽情報がしばしば取り上げられるが、実際にこのSNSを使っている国民は8~9%程度にすぎず、影響は限定的であると考えられる。また、分断的なテーマであっても、対象となる住民の関心が薄い、あるいはすでに強固な意見を持っている場合には、FIMIによる影響は現実に置いて限定的となる可能性が高い。

さらに、FIMIを分析する際には、研究がどの「分析レベル」で行われているかを明確にし、そのレベルが分析結果に与える影響についても考慮する必要がある。たとえば、国際政治レベルで分析を行う場合、特定のFIMI実行主体による全ての発信を一括して扱い、それが対象国全体に影響を及ぼしていると仮定してしまうのは容易だが、これは本質的には誤った前提に基づく推論である。また、一国内のFIMI実行主体間に高度な連携があることを当然視することも問題である。地域ごとに反応は大きく異なり、同一国のFIMI実行主体であっても、その動機や目的は多様である可能性が高い。このような抽象度の高い分析に基づく仮定は、実際以上に相手側の影響力や成功を誇張したナラティブを生み出すことにつながりかねない。反対に、ワクチン陰謀論者のような特定の小集団がFIMIによる偽情報を受容する様子ばかりに注目すると、社会全体への影響を見落としてしまう恐れがある。したがって、FIMIの脅威を理解するためには、マクロ(国家・国際)、メゾ(地域・組織)、ミクロ(個人・集団)の各レベルにおいて文脈化し、実際の影響可能性を多角的に捉えることが重要である。

次に「ナラティブの出所」についてである。FIMI実行主体は、目的達成に有効であると判断した「敏感なテーマ」に自身のナラティブを結びつける傾向がある。本稿で取り上げた沖縄独立の話題はその一例である。英語圏の情報源では、中国の軍人や学者がこの話題に言及しており、それを根拠に「中国のFIMIが地域に影響を及ぼしている」とする西側メディアの報道も見られる[19]。しかし、より精緻な見方をすれば、他の敏感な境界地域と同様に、沖縄にも小規模な独立運動があるものの、実際の影響力は非常に限定的であり、それは地元の懸念に根ざした民主的な選択の表れである。研究者は、FIMIの発信内容と、地元住民やメディアが取り上げる話題とが一致していたとしても、それだけでFIMIの「成功」と見なすことはできないことに留意する必要がある。因果関係は個別に検証・確率されなければならないのである。

最後に、SNS上で無料かつ自動的に配信されるFIMIコンテンツの制作コストが極めて低い現代においては、発信者ではなく「受信者」に焦点を当てることが重要である。広告や広報の世界でも用いられる「ターゲットグループ」という概念は、FIMI分析にも応用できる。FIMIにおけるターゲットには、特定のFacebookグループのメンバー、70~80歳の高齢ネットユーザー層、あるいはFIMIオペレーションが特定のナラティブを用いてリーチしようとする、特定の世界観を共有する人々などが該当する。したがって、重要なのは、こうした特定グループがFIMIによって効果的に操作された場合、それが現実社会にどのような影響をもたらしうるかを評価することである。たとえば、あるFIMI作戦が、敏感な境界地域における特定政治家の当選を阻害しようとする場合、若年層(一般的に投票率が低い)や首都圏の住民に影響を与えるよりも、当該境界地域の高齢者層に受容される方が、現実的な影響ははるかに大きくなる可能性がある。

これら4つの観点は、具体的な研究手法に落とし込む必要があるが、本稿の範囲では方法論的な提言までは行わない。ビッグデータ分析、フォーカスグループ、個別インタビューなど、さまざまな社会科学的手法が考えられる。しかし重要なのは、FIMIコンテンツの「出現」だけをもとに影響を推定するのではなく、それを民主主義社会の日常的なコミュニケーションや政治の文脈の中に位置付けて評価するという視点である。

 

結論

FIMIの分野における研究者の役割は、同領域における他のアクターとの関係性の中で考察されるべきである。たとえば、ファクトチェッカーは特定のニュースが真実か否かを検証するにとどまり、情報機関はFIMIを孤立した脅威として扱い、SNS関連企業は自社のプラットフォーム上で生じる問題の存在自体を過小評価する傾向がある。著者の経験によれば、研究者は、FIMIを国家戦略の一環として活用する国々と接する可能性のある地方の政治家や企業に対して情報提供を行う、重要な中間的立場を担うことができる。

しかしながら、この重要な役割を果たすためには、民主主義国における多様なアクターが直面する潜在的脅威について、より文脈に即し、検証された情報を提供することが求められる。研究者は、FIMIコンテンツそのものに注目するのではなく、人々や組織が関心を寄せる分野に即した「状況認識(situational awareness)」を構築するための情報を提供すべきである。そうしなければ、ロシアや中国といったFIMIの実行主体を、常に狙い通りに成果を上げる「止めようのない影響工作マシン」であるかのように描き出してしまい、本稿で論じたような、実地調査が示す実態とは乖離した理解を広める危険性がある。

 

【日本語訳】

中 硯冬(一橋大学 国際・公共政策大学院 修士課程)
髙倉 朱里(一橋大学 法学部 学士課程)

 


[1] Sarah Cook, Beijing’s Global Megaphone (Freedom House, 2020).

[2] European External Action Service, 1st EEAS Report on Foreign Information Manipulation and Interference Threats: Towards a Framework for Networked Defence (2023).

[3] Kazuki Ichida, “Challenges in Measures against Digital Influence Operations: Why Can’t the EU/US Deal with the Methods Used by China, Russia, and Iran?” GGR Issue Briefing, No. 63 (Tokyo: Hitotsubashi University, 2024).

[4] Arild Bergh, “Rebel with a Temporary Cause: The Asymmetrical Access to Distrust, Hipness and Intensity as Resources in Cyber-Conflicts,” paper presented at the 19th ISA World Congress of Sociology (Toronto, July 20, 2018).

[5] Scott W. Harold, Nathan Beauchamp-Mustafaga, and Jeffrey W. Hornung, Chinese Disinformation Efforts on Social Media (Santa Monica: RAND Corporation, 2021); Russell Hsiao, “A Preliminary Survey of CCP Influence Operations in Japan,” China Brief 19-12 (2019); Mainichi Daily News, “Okinawa Gov.’s ‘China Connection’ Nothing But ‘Fake News,’ But Spreads via Internet,” Mainichi Daily News (June 18, 2017); Public Security Intelligence Agency, “Annual Report 2016: Review and Prospect of Internal and External Situations,” 2017.

[6] Kosuke Takahashi, “In Okinawa, 2 New Sexual Assault Cases Implicating US Soldiers Fuel Public Anger,” The Diplomat (https://thediplomat.com/2024/07/in-okinawa-2-new-sexual-assault-cases-implicating-us-soldiers-fuel-public-anger, 2024年7月11日アクセス); Anthony Kuhn, “Okinawa’s Peace Movement Struggles as Military Presence on the Islands Grows,” Connecticut Public
(https://www.ctpublic.org/2024-04-09/okinawas-peace-movement-struggles-as-military-presence-on-the-islands-grows, 2024年5月15日アクセス); Maki Sunagawa and Daniel Broudy, “Balloons and Tape as Hate Speech: American and Japanese Rightwing Responses to the Okinawan Anti-Base Movement” (unpublished manuscript); Justin McCurry, “Japan: US Military Base Critic Voted in as Okinawa Governor,” The Guardian (October 1, 2018); Justin McCurry, “The Japanese Hunger Striker Demanding an End to US Bases in Okinawa,” The Guardian (May 14, 2022).

[7] Shin Sugok, “The Recent Merging of Anti-Okinawa and Anti-Korean Hate in the Japanese Mass Media,” Asia-Pacific Journal – Japan Focus 17-2 (2019).

[8] Paul Charon and Jean-Baptiste Jeangène Vilmer, Chinese Influence Operations – A Machiavellian Moment (France: Institute for Strategic Research of the French Ministry for the Armed Forces, 2021).

[9] Maiko Ichihara, “Influence Activities of Domestic Actors on the Internet: Disinformation and Information Manipulation in Japan” in Social Media, Disinformation, and Democracy in Asia: Country Cases (Asia Democracy Research Network, 2020); Timothy Niven and Maiko Ichihara, “To Influence Japan, China Tries Subtlety,” American Purpose (October 14, 2021), (https://www.americanpurpose.com/articles/to-influence-japan-china-tries-subtlety/, 2022年5月12日アクセス).

[10] Fergus Ryan, Daria Impiombato, and Hsi-Ting Pai, Policy Brief: “Frontier Influencers: The New Face of China’s Propaganda” (Canberra: Australian Strategic Policy Institute, 2022); Colin Eide, Lili Turner, Nirit Hinkis, and Clint Watts, “’The One Like One Share Initiative’: How China Deploys Social Media Influencers to Spread Its Message,” Miburo (https://miburo.substack.com/p/the-one-like-one-share-initiative, 2022年6月2日アクセス).

[11] The Graphika Team, The #Americans (Graphika, 2024).

[12] Brian Hioe, “Taiwan Confronts China’s Disinformation Behemoth Ahead of Vote,” Coda Story (https://www.codastory.com/authoritarian-tech/taiwan-election-disinformation-china/, 2024年1月8日アクセス).

[13] George Kerr, Okinawa: The History of an Island People, Vol. 1 (Tuttle Publishing, 2000).

[14] Akemi Johnson, Night in the American Village: Women in the Shadow of the U.S. Military Bases in Okinawa (New York, NY: The New Press, 2019).

[15] Sarah Rainsford, “Romania Hit by Major Election Influence Campaign and Russian Cyber-Attacks,” BBC News (https://www.bbc.com/news/articles/cgq18w507dko, 2024年12月5日アクセス).

[16] Steven Lee Myers and Nico Grant, “Combating Disinformation Wanes at Social Media Giants,” The New York Times (February 14, 2023).

[17] Jeremy B. Merrill, Aaron Schaffer, and Naomi Nix, “A Firehose of Antisemitic Disinformation from China Is Pointing at Two Republican Legislators,” Washington Post (October 10, 2024).

[18] Ceren Budak, Brendan Nyhan, David M. Rothschild, Emily Thorson, and Duncan J. Watts, “Misunderstanding the Harms of Online Misinformation,” Nature 630, No. 8015 (2024): 45–53; Benjamin Strick, “Uncovering A Pro-Chinese Government Information Operation on Twitter and Facebook: Analysis of the #MilesGuo Bot Network,” Bellingcat (https://www.bellingcat.com/news/2020/05/05/uncovering-a-pro-chinese-government-information-operation-on-twitter-and-facebook-analysis-of-the-milesguo-bot-network/, 2022年6月24日アクセス); Benjamin Strick, Analysis of the Pro-China Propaganda Network Targeting International Narratives (Centre for Information Resilience, 2021).

[19] Gordon G. Chang, “Now China Wants Okinawa, Site of U.S. Bases in Japan,” The Daily Beast (December 31, 2015); Jane Perlez, “Calls Grow in China to Press Claim for Okinawa,” The New York Times (June 13, 2013).

プロフィール

ノルウェー防衛技術研究機構(Norwegian Defence Research Establishment: FFI)の総合防衛(Total Defence)部門に所属する主任研究員。エクセター大学(University of Exeter)にて社会学の博士号を取得。それ以前は、イギリスにおいて20年間プログラマーとして勤務していた。これらの補完的な専門性を活かし、ノルウェーに影響を及ぼす可能性のある社会技術的な安全保障課題の研究に従事している。現在は、国家的危機や総合防衛の文脈において、SNSなどのデジタル領域におけるサイバー・ソーシャル・プロパガンダ、影響工作、偽・誤情報の研究に従事している。悪意あるアクターがソーシャルメディア・プラットフォームをどのように操作し、何を達成し、民主主義国家がそれらの活動をいかに検知・対処できるかを理解することを目的としている。