2025年4月25日、一橋大学グローバル・ガバナンス研究センター(GGR)は、ルイス・ルッソ氏(欧州大学院大学・社会政治学博士課程)を講師にお招きして、トークセッション「ウクライナ侵攻後の経済的期待とEUへの愛着 -観察データと実験的証拠を用いた再評価」を開催しました。
ルッソ氏は、ロシアによるウクライナ侵攻が、欧州連合(European Union: EU)のアイデンティティおよび統合をめぐる議論を再び活性化させた点を強調しました。経済的・文化的・安全保障的なナラティブが、危機下における市民のEUへの愛着にどのような影響を及ぼしているかを分析し、EUがこれまで危機を契機に統合を進めてきた歴史にも着目しました。また、EUの権限が拡大する一方で、加盟国における安定したナショナル・アイデンティティとのあいだに根強い緊張関係が存在していることにも言及しました。
ウクライナ戦争は、従来の危機とは異なり、外部からの攻撃による、EU全体が共有する危機であることから、EUレベルでの政策決定への期待が高まり、超国家的な結びつきが強化されています。こうした点は、フェレーラおよびクリージ(2022年)、キリアジら(2023年)によって指摘されています。このように、国家の自己統治とEU統合が対立するという従来の見方に対し、改めて問いを投げかける契機となっているとルッソ氏は指摘しました。
ルッソ氏は、二つの主要な論点を強調しました。第一に、経済的要因がEUへの愛着を最も強く予測する指標であること、第二に、EUを経済的観点から捉えるフレーミングが、文化的または安全保障的なナラティブよりも大きな影響を持つという点です。ウクライナ危機を受けて、多くの市民がEUを安定の源として認識するようになり、2022年のデータでも、EUを繁栄と結びつけて捉える人々の間で、EUへの支持がより強く表れていることが示されました。最も説得力を持ったのは、EUに対する肯定的な経済的フレーミングであり、ポピュリズム的な否定的メッセージにはほとんど効果が見られませんでした。ルッソ氏は、EU機関が経済的な利点や回復政策を強調することで、市民の支持と制度的正統性を強化すべきであると結論づけました。
質疑応答では、参加者から、安全保障のフレーミングとセキュリタイゼーション理論との関連や、文化的側面が安全保障上の懸念を反映している可能性についての質問も寄せられました。これに対しルッソ氏は、人々はしばしばEUを自国のガバナンスの視点から評価する傾向があると述べました。特に移民に関する文化的な懸念のように見える問題も、実際には国家の結束を脅かすものとして、安全保障上の課題と捉えられることが多いと指摘しました。なぜなら、国境を越えた人の移動は、国家文化に同化する前に脅威と見なされやすいからです。
ルッソ氏は、現在では経済的な期待がEUへの愛着を大きく左右しており、それが継続する危機の中でEUの正統性を強化するための現実的な手段となり得ると結論づけました。
【イベントレポート作成】
ビラル・ホサイン(一橋大学大学院法学研究科博士課程)
羅 喬郁(一橋大学国際・公共政策大学院修士課程)