民主主義・人権プログラム
アーティストが経験した香港 ―奪うことのできない音楽
出版日2025年2月14日
書誌名Issue Briefing No. 89
著者名チョン・ミンヒ
要旨 *本稿は、2024年3月18日に行われたインタビューをもとに作成された。
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アーティストが経験した香港 ―奪うことのできない音楽

聞き手・著者:チョン・ミンヒ
(一橋大学大学院法学研究科博士後期課程)
2025年2月14日

*本稿は、2024年3月18日に行われたインタビューをもとに作成された。

朝散歩でリフレッシュ。午前から作曲や映像作業を行い、夜は居酒屋などのお店で歌う。アーティスト、Mr.Wallyの暮らしは、創造性を妨げるものが取り除かれたシンプルな時空間のように思える。しかし、彼の行動半径は、2020年に施行された香港国家安全維持法で制限されている。

2023年6月、香港当局は彼の入境を認めなかった。演奏どころか、香港にいるファンに会いに行くことすらできない。

 

 

香港においで、カモン!

Mr.Wallyが香港で活動を始めたきっかけはこうであった。

2015年頃、台湾旅行中のある夏の日、彼は路上ライブをしていた。彼の演奏を聞いた旅行者たちが話しかけてきた。

「香港においで。世界の人たち、色んな国から来た路上ミュージシャンがいるよ。きっといいと思うよ」。

彼らは香港から来た人々だった。香港マフィアなど怖いイメージがあったが、行ってみようと思った。その時、台湾で香港人に出会っていなかったら、香港に行っていなかっただろうと、Mr.Wallyは振り返った。

かくしてMr.Wallyは、香港に行った。だが、香港で有名になるとは思っていなかった。その後、香港市民はどの街でもMr.Wallyを見かけることができた。

「香港の面白いところでいうと、面積が小さいことですね。日本に例えると、北海道の札幌市と同じくらいの広さしかないです。その狭い中で色んな駅があって、移動すると楽しいですよ。駅によって住む人が違ったり、ムードが違ったりするところがあって。小さい駅もあれば、ちょっと大きい町の駅もあれば。狭いから駅に行きやすいですね。駅によって色が違うのが楽しいです」。

J-POPが愛されてきた香港では、特に1990年頃の曲が香港のアーティストにカバーされたと話す。彼が作った曲もあるものの、香港の人たちが聞いたら分かるメロディーの歌を歌った。そのような曲を香港の友達に全部教えてもらい練習した。デモ帰りの市民が聞いたら元気になる歌を歌いたかったと話す。

「2019年には50駅を回ったくらいです。東京で言ったら、山手線以上の数の駅、色んな所に行って歌いました。それを1年間、毎日続けていましたね。アニメ「忍たま乱太郎」の「勇気100%」が超有名で、みんなが歌えるんですよ。これは沢山歌いました。日本語で歌っています、香港人が。嬉しかったし、びっくりしました」。

香港を応援するアーティストがいること

いったい、Mr.Wallyは香港でどんなことを経験したのだろう。

「2019年のデモで、香港の若者がたくさん捕まりました。警察からの暴力もありました。それをSNSで見ると心が痛みました。みんなが大変な思いをしているなら、僕も「香港人加油(香港人頑張れ)」を掲げて歌おうと。でも、本当に怖かったです。歌っているときって、攻撃されても無力ですから」。

彼を見て警察を呼ぶ人もいた。彼らは、曖昧な理由を取り出して「出て行け」と言ったが、彼が掲げている「香港人加油(香港人頑張れ)」や民主派を支持したことには触れなかった。

世界で有名なアーティストの中には、香港を自由に訪問したり、コンサートを開いたりする人もいる。入境制限で香港に向かうことができなくなった今、アーティストとして民主派を支持したことを後悔しているか尋ねた。

「香港に行けなくなったのは悲しいですけど、これまでしてきたことに対して後悔はありません。それよりも、行動したことの方が大きいと感じます。香港で知られている歌手として、香港人に少しでも力になることができました。それを2019年の1年間残せたので、意味があったと思います」。

Mr.Wallyの職業は、人々が幸せな時間を作ることだ。誰かの喜ぶ姿をみるのが好きな彼は、大衆歌手であり、信念を語ることを拒まないシンガーソングライターだ。香港市民の自由が日々狭まっていることをSNSで語ることは、アーティストにとって不利益になる場合も少なくない。彼が発信を続ける理由は、故郷に帰れず外国で民主化運動を続ける香港やミャンマーの人々の力になりたいからだ。政治的に力になることに加え、彼らが日本に滞在する間、幸せや喜びを感じる時間をどう増やせるかを考える。

香港での活動が難しくなった今、Mr.Wallyの幸せとは何だろうか。

「演奏して歌う時、人々に喜んでもらえる瞬間が嬉しいです。今は新しい曲をレコーディングしていて、同僚と一緒にサウンドを作り出す作業を楽しんでいます。チームとしてレコーディングを進める時、作品が完成していく過程を見ると自分が音楽家であることを感じます。レコーディングは大変です。時間も費用も掛かりますが、曲は永遠に残るという価値があります。香港に戻れたら、ライブしに行きたいです。香港の皆さんに演奏を聞いてもらい、楽しんでもらいたいです」。

プロフィール

2015年、都内で路上演奏を始め、同年に台湾、香港でも路上演奏をしに行く。香港では路上演奏中に全財産が入ったバックを何者かに盗まれ、一文無しになり、その事件をFacebookで投稿すると香港の著名人がシェアし、それがきっかけで香港中にMr.Wallyの存在が知れ渡る事になる。その後、多くの香港人が支援してくれた事で無事帰国する事ができ、その時の感謝の気持ちが強くなり、恩返しのつもりで香港で音楽活動をする事を決意。翌年2016年も香港を訪れ、香港中で路上演奏を開始する。香港のワーキンホリデーを取得し、様々な企業のCMにも出演する。ハーゲンダッツ、Zoff、一風堂など。2019年、香港で大規模なデモが行われる事になり「香港人加油(香港人頑張れ)」と書いた看板を掲げて連日香港各所で路上演奏を行い、香港人を応援し、勇気づけて周った。2020年、コロナが流行し、止むなく帰国をする事になる。2023年、6月12日、香港に3年振りに行くと、香港入管で止められ、入境拒否と強制退去を言い渡される。