民主主義・人権プログラム
ミャンマーからつながる -「わたしたちはまだここにいる」
出版日2024年8月5日
書誌名Issue Briefing No. 75
著者名スラストリ
要旨 *この論文は、2024年3月8日に実施されたインタビューをもとに作成された。
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ミャンマーからつながる -「わたしたちはまだここにいる」

聞き手・著者:スラストリ
(一橋大学 国際・公共政策大学院 修士課程)
2024年8月5日

*この論文は、2024年3月8日に実施されたインタビューをもとに作成された。

2021年、 ニン・テ・テ・アウンは日本にたどり着いた。クーデターが勃発したミャンマーから、日本に逃れてきた。あの激動の記憶は、彼女の脳裏に焼き付いている。クーデター最中の状況は深刻で、国軍が厳しい統制を課していた。インターネットのアクセスは厳しく制限され、停電が発生した。ジャーナリスト、活動家、政治家が住む住居への襲撃や彼らに対する恣意的な逮捕は日常茶飯事で、停電時に行われた。電気とインターネットへのアクセスは、毎朝8時から12時までのわずか4時間に制限された。限られた時間の中では、国の情勢を知ることも、愛する人と連絡を取ることも、極めて困難だった

彼女の人生の中で、ミャンマーの統治体制は二度変化した。2010年からは移行期が始まった。そして2015年には、国民民主連盟(National League for Democracy: NLD)が政権を担い、議会で議席を獲得した。この移行は単なる政権交代というだけではなかった。市民の参画と開放性が増していく時代が幕を開けた。「クーデターが起こる前は、自国に対して心から信頼を寄せていました」、と彼女は振り返る。「私は、ミャンマーが加盟国の一つであるミャンマー採取産業透明性イニシアティブ(Myanmar Extract Transparency Initiative: MEITI)の活動に積極的に携わっていました。しかし、クーデターを受けて、オスロの本部からミャンマーの参加資格は停止されました。ミャンマーがリストから外され、MEITIの現加盟国は55ヶ国となっています。」

クーデターは彼女の人生に大きな変化をもたらした。「ミャンマーの情勢を逃れ日本に避難してきたことで、生き残った者としての罪悪感に苛まれました。両親は私を国外に出す以外に選択肢がありませんでした。ミャンマーではいつでも逮捕・拘留される可能性があるからです。それは男性に限られたことではありません。ジェンダーに関係なく逮捕されるのです。今でもその罪悪感があります。それでも、募金活動や抗議活動に参加して、自分にできることを精一杯やろうとしています。」

ミャンマーの歴史を振り返ると、国軍が政府を支配することは目新しいことではなく、「ミャンマーの人々はこれまで3回クーデターを経験し、今回が4回目」である。国軍には、自国民に暴力を用いてきた長い歴史がある。彼女は、この国軍の歴史と現在の危機が密接に関連していると見ている。「国軍は、民族、性別、宗教に関係なく人々を弾圧しています。彼らは国軍を支持しない者や国軍に賛成しない者を、たとえ同じ民族グループの人であったとしても弾圧しているのです。」

多民族武装勢力と国民統一政府(National Unity Government: NUG)を集結させ、ミャンマー国軍に対して統一戦線を結成する可能性については懐疑的な見解もあるが、彼女の考えは異なる。「我々は異なる優先順位と目的を持っています。しかし、これらの多様な民族グループを一つの勢力として集結させ、国軍に対して民主主義と人権のために共に戦うことは可能です。3つの民族武装組織による共同作戦である『1027作戦(Operation 1027)』で見られたように、異なる民族グループが団結して国軍と戦うことはできます[1]」。

彼女はこう続ける。「ミャンマーにとって、誰かがリーダーとして立ち上がり、民主主義を推し進め、正義と人権のために戦ってくれれば良いということではないのです。確かにそれは重要です。しかし、本当に重要なのは、人々の幸福のために動く、人々の力なのです。この革命は人々が主導しているのです。ですから、今回のクーデターは過去のクーデターとは異なっています。」

現在、国軍は徴兵法を導入し、特定の年齢の人々に3年間の兵役を義務付けることで、国民との調和を装おい、国軍の支配が正当であり国民の支持を得ているかのようなイメージを作り出している。しかし、誰も国軍に入隊することを望んでいないのが実情である。これに対し、市民や日本在住のミャンマー人ディアスポラは、日本政府が、国軍に徴兵法を撤回するよう介入し、圧力をかけるよう請願活動を展開している。これは国際社会にとっても困難な状況である。「私が強調したいのは、これが人道的な危機だということです」、と彼女は述べる。「ミャンマーの人々はこの危機で多くの苦しみを味わっています。国軍がクーデターを起こしてから3年が経過しました。避難民の数が増え続け、そのペースはますます加速しています。しかし、資金はどうでしょうか。」

論理的には、犠牲者が増加すると共に人道的支援も増加すると考えられるものの、実際にはそうはなっていない。さらに、提供された援助さえも二重の課題に直面している。支援がミャンマーの人々に届かないだけでなく、民族革命組織や民主派勢力に直接届く代わりに、国軍への支援として意図せず機能してしまっている。タリバン支配下のアフガニスタンでの懸念と同様、ODAが、助けるべき人々のためではなく、国軍のために使われるのではないかと懸念されている。

このような状況では、他国に頼ることは難しい。カンボジアにおける中国の「ウィンウィン」政策は、フン・セン首相(Hun Sen)の権力強化と国の安定化を支えた。中国の政策はカンボジアでは効果的なようである。しかし、ミャンマーでは経済的な手段が軍部を利する可能性があり、効果は期待できないだろう。また欧米諸国は、事態の解決に対し限定的なコミットメントしか示していない。NUGの統治時代に入ってからも、ミャンマーに駐在員事務所を設置したのは、アメリカや一部のヨーロッパ諸国など、ほんの一握りの国だけである。

「私たちは自分自身を頼るしかないのです。国際社会に希望を託すことは不確実です」、と彼女は言う。日本には50を超えるミャンマー人ディアスポラ組織があり、ミャンマーの問題に共同で取り組んでいる。これらの団体は、ミャンマー人への資金援助のために頻繁に募金活動を行い、NUGへの日本政府の承認を得るためロビー活動を行い、国軍への資金援助の停止を要求している。国際的な支援に期待する声もあるが、主な支援は、集団行動を通じて民主主義と自由を実現しようとするミャンマー人自身の草の根の努力によるものである。

ミルクティー同盟日本(Milk Tea Alliance Japan)のメンバーはそれぞれが異なる戦線で戦っているが、全員が「独裁者と闘う」という目標を共有している。この同盟は、若者のアクティビズムと連帯を力強く映しだしている。遠く離れていても、私たちは国民にメッセージを伝えることができると彼女は信じている。「私たちはあなたとともにあり、あなたとともに立ち上がります。」

人々と民主主義を救うには時間がかかるであろう。「情勢が悪化し、人道的な苦しみが増す中でも、民主主義を実現できるよう、私は自分の国に希望を託している」、と彼女は述べた。

【日本語翻訳】
中島 崇裕(一橋大学大学院法学研究科修士課程)

 

 


[1] 「1027作戦」とは、アラカン軍、ミャンマー民族民主同盟軍、他アウン民族解放軍からなる三同胞連合(Three Brotherhood Alliance)が実施する共同攻撃。2023年10月27日から始まった。

プロフィール

一橋大学国際・公共政策大学院修士課程在籍。それ以前は、一橋大学大学院法学研究科客員研究員を務めていた。市民社会、国際NGO、シンガポールに拠点を置くアドバイザリー・ファームでの9年間の経験がある。

執筆や活動を通じて、市民社会組織とその活動を支援する。ビルマ語と英語で、ミャンマーの政治状況、女性の権利、越境的正義、集合行為、表現の自由について論考を出版している。アルダーズゲート大学(フィリピン)で修士号(行政学)、ダゴン大学(ミャンマー)で学士号(法学)を取得した。