民主主義・人権プログラム
ミャンマー紛争地への人道支援 ―現地の状況
出版日2023年11月28日
書誌名Issue Briefing No. 48
著者名今村真央
要旨 ミャンマーでは、人道支援活動の内容と効果の検証が求められている一方で、検証する方法が欠如しているという状況が長らく続いた。ヒューマニタリアン・アウトカムズ(Humanitarian Outcomes: HO)の調査は遠隔アンケートを用いて、ミャンマーで実施されている多様な人道支援活動の効果について有用な示唆に富んでいる。国際機関が展開する公式の援助プログラムが厳しい制限を受けていること、一方でインフォーマルな支援活動がミャンマーの広い範囲において既に浸透していることをHOの調査結果は示している。
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ミャンマー紛争地への人道支援 ―現地の状況

今村真央
(山形大学人文社会科学部教授)
2023年11月28日

日本に暮らす私たちからの人道支援は、外部からの支援を必要としている遠い異国の人々に実際に届いているのだろうか。人道支援活動に寄付する人であれば「私の寄付金」が最終的に人々の役に立っているのか当然知りたくなるだろう。逆に、寄付しない人であれば、その胸中には「寄付しても実際のところしっかりと届かないのでは」という疑念が宿っているのかもしれない。一般に、緊急人道支援では「いつ、どこで、どのように、誰によって、何が、誰に届けられたのか」を明らかにすることは容易ではない。否応なく政治化する紛争地においてそのような追跡を行うのは困難だからである。これは、商品(とくに農産物など)に関して近年、生産段階から最終消費段階または廃棄段階までを追う「追跡可能性(トレーサビリティ)」が推進されている状況とは対照的だ。

ミャンマーの紛争地へのアクセスは軍政によって厳しく制限されているため、支援の状況を把握することが難しい。国連などミャンマーで公に活動する組織が、紛争地での人道支援を、軍政から独立して展開することは基本的に不可能だ。国連等によるミャンマーでの公的な人道支援活動は都市や避難民キャンプに集中していて、紛争地でのプログラムは実のところ限られている。2023年の国連人道対応計画(Humanitarian Response Plan)の食糧支援の8割以上は、(大規模キャンプが位置する)西部ラカイン州と最大都市ヤンゴンの2箇所で占められている[1]。このように軍政から認定された活動については、状況や活動内容も公表しやすい。しかし、紛争地では、そもそも軍政によってアクセスが制限されているため、国連や国際NGOが表立って活動する機会がそもそも乏しい。水面下の交渉の結果、紛争地での活動が許可されることがあっても、そのような活動の詳細は外部者には公表されない。外部者が得られる情報は極めて限られている。

紛争地では、地元の草の根団体が地道な人道支援活動を展開しているが、これらの小規模団体が活動内容を詳細に公表することはまずない。その一つの原因は、国連や国際NGOとは異なり、ドナーなどに向けた詳細な報告書を定期的に作成することは草の根団体にとってさほど重要ではなく、そのような体制を整えていないことにある。しかしより根本的な原因は、紛争地での支援プロジェクトには、現地の武装勢力との協力関係など機密情報が絡むためだ。一般に、紛争地域での人道支援活動においては、現地武装勢力からある程度の理解と協力を受けることが不可欠である。しかしこのような関係が原因で、人道支援活動そのものが軍事攻撃の対象になってしまうことがある。実際ミャンマーではそのような攻撃が稀ではない。2021年と2022年の2年間で、ミャンマー国軍は人道支援事業従事者を最低でも39回攻撃した。2021年12月に東部カヤー州で、国際NGOセーブ・ザ・チルドレンの現地スタッフ2名が国軍によって殺害されたことは広く報道された。医療従事者全般に対する攻撃はさらに多い。2023年10月19日の時点で、2021年のクーデター以降の攻撃累積回数は1088回に達している。これによって107名の医療従事者が殺害され、170の施設が攻撃を受けた。この中には、マグウェ管区の、日本政府から支援を受け建設された保健施設も含まれている。さらに2023年4月には国軍の攻撃によって、医療関係者を含む19名が拉致された。人道支援も医療も命懸けの活動なのである。

それでは、ミャンマーの紛争地における人道支援活動の効果について、信頼できる、検証可能な情報を得ることはできないのだろうか。つまり、国連や国際NGOにも、そして地域の草の根団体にも依存しない、データ収集の方法はないのだろうか。近年この問いに肯定的な答えを出したのが、ヒューマニタリアン・アウトカムズ(Humanitarian Outcomes: HO)という、2009年に設立され英国に本部を置く調査団体である。HOは、人道支援活動の種類、地域、効果をアンケートに基づく数量データで示す、SCORE (Survey on Coverage, Operational Reach, and Effectiveness)という国別の報告書を定期的に発表している。過去5年だけでも、ナイジェリア(北部)、中央アフリカ共和国、アフガニスタン、ティグレ(エチオピア)、イラク、イエメン、ハイチを対象に大規模な調査を実施した。2023年4月には、ミャンマーに焦点を当てた報告書を発表している。本稿ではこの調査の内容を少し詳しくみていく。

HOの調査方法で注目すべき点は、電話アンケートを用いた、遠隔データ収集である[2]。アンケート回答者にはクーポンを送るというインセンティブを通して、回答率を高めている。また、地域や男女の偏りが取り除かれるまで十分な規模のアンケートを実施することで、調査の信頼水準を95%にまで高めている[3]。以前であれば、こういった統計学的な調査は、通信インフラの整った国々に限られていたが、過去10年の間に携帯電話が全世界的に普及したため、ミャンマーのような国でも実施が可能になったのである。ミャンマーでは識字率が低い地域もあるため、アンケートは(文字回答と機械処理ではなく)一人一人個別の通話インタビューによるデータ収集という方法が選択された。

HOは、2022年12月にミャンマー全土を対象にアンケート調査を実施し、15の管区と州すべてから計501人(女性250名、男性251名)の回答を得た。全回答がHOのウェブサイトで閲覧できるようになっている点も画期的である(これはミャンマーのみならず、他の地域を対象としたSCORE調査でも同様である)。編集されていない回答データ(生データ)を用いて、第三者が独自の分析を試みることも可能だ。無作為抽出のアンケート結果に加え、HOは約30名の専門家にも聞き取り調査を行って質的データを入手し、数量データの分析に役立てている。内訳は、国際人道援助機関の職員21人と、ミャンマーで活動している現地組織の職員10名である。HOは対象の国や地域に関わらず、原則として同一のアンケートに基づいてデータを収集しているので、異なる国・地域の比較が可能になっている。以下、他国と比較した上でミャンマーにおける顕著な傾向を確認する。

注目したいのは、「あなたの世帯が受け取った支援を提供してくれたのは誰ですか」(質問8)と「必要な支援を人々に届けられるのは、どの種類の支援提供者ですか」(質問13)という二つの質問だ。この二つの問いに対する501名による回答の分布は以下の通りである[4]

表1 「あなたの世帯が受け取った支援を提供してくれたのは誰ですか」(質問8)

提供元 割合(約)
地元の草の根団体 35%
国軍・政府 21%
その他 19%
地元の民間企業 17%
知らない・分からない 10%
宗教団体 7%
国内NGO 7%
国際NGO 7%
国連機関 4%
NUG・PDF 3%
ミャンマー赤十字 2%
少数民族武装勢力 1%
家族からの国際送金 1%

出典:Humanitarian Outcomes. “Survey Questionnaire” (https://www.humanitarianoutcomes.org/projects/core/survey-questionnaire 2023年11月7日最終閲覧)

表2 「必要な支援を人々に届けられるのは、どの種類の支援提供者ですか」(質問13)

提供元 割合(約)
地元の草の根団体 38%
知らない・分からない 23%
地元の民間企業 16%
その他 13%
国軍・政府 12%
宗教団体 8%
国内NGO 7%
国際NGO 6%
国連機関 5%
ミャンマー赤十字 5%
NUG・PDF 2%
少数民族武装勢力 1%

出典:Humanitarian Outcomes. “Survey Questionnaire” (https://www.humanitarianoutcomes.org/projects/core/survey-questionnaire 2023年11月7日最終閲覧)

これらのアンケート結果から明らかになるのは、地元のアクターが決定的に重要であるという点だ。少なくとも、受け手の視点から言えることは、食料などの物資や現金を受益者に届けているのは往々にして地元の草の根団体や民間企業である。例えば、ティグレ(エチオピア)と比較すると、ローカル志向というミャンマーの傾向がより鮮明に浮かび上がる。ティグレでのアンケート結果で、「必要な支援を人々に届けられるのは」という問いへの答えで上位を占めたのは、国際赤十字、国際NGO,国連機関、エチオピア赤十字であった。5位にようやく「地元の民間企業」が入っているものの、「地元の草の根団体」という答えは全く見当たらない。対照的にミャンマーでは、このアンケート結果を見る限り、国連や国際NGOの存在感は薄い。もちろん、国際機関はあえて舞台裏での活動に専念し、目立たない様にしているのかもしれない。専門家対象の聞き取り調査からも、人道支援組織は団体の名称やロゴが記載されたシールなどはすべて剥がし、身元が割れないようにしている、という回答が出ている。また、支援者が追跡されないように、物資よりも現金給付がより望まれていることも顕著である。国軍や警察のチェックポイントが多い地域では、あえて民間の宅配サービスを使うといった知恵も活かされている。人道支援は「極めて危険で、国軍兵士に見つかったら殺される」という回答も紹介されている。

上記の二つの質問に対して「知らない・分からない」の回答が多いことも、ミャンマーでの人道支援に深刻な危険が伴うことを反映していると推察される。アンケート結果を見る限りは国民統一政府(National Unity Government: NUG)・国民防衛隊(People’s Defense Force: PDFや少数民族武装勢力の貢献は低いが、これら反政府武装勢力の貢献度を電話アンケートで正確に把握することは困難だろう。反政府武装勢力から支援を受けていることを回答者が見も知らぬ他人に正直に明かすとは思えないからだ。誰が提供者であるかを受け手が実際のところは把握していても、アンケートでは「知らない」と答えておくことは想像できる。

調査から得られた特に重要な発見として、HO報告書が強調しているのは以下の2点である。第一に、国際機関などが展開する公式の援助プログラムは、クーデター後に軍政によって厳しく制限されている点である。第二に、インフォーマルな支援活動はすでに広域で機能している点である。隣国に拠点を設けた越境支援はすでに組織的に展開されており、タイからの越境支援活動の対象者は既に100万人を超え、対象地域はさらに拡大していると報告されている。HO報告書は、国連などによる公式な支援活動に制限が課せられる状況において、インフォーマル事業のさらなる拡充に期待を寄せている。また、HOは指摘していないが、今回の報告書が明らかにしたのは、遠隔アンケートという調査手段の活用方法である。電話アンケートは安全で効率も良いため、今後、政策提言や学術研究において積極的に採用されるべきだ。

さらに、ミャンマーの寄付文化や相互扶助の伝統は以前から広く知られていたが、人道支援活動の領域においても人々が水平的な繋がりを築き、インフォーマルな活動を柔軟に展開していることがHOの調査から伺える。現在必要とされているのは、国際機関による大規模なプロジェクトよりも、ローカルな人道支援事業を長期間、舞台裏から巧みに支える実践的な知恵である。人道支援の分野では現地化(ローカリゼーション)というテーマが広く認識されるようになって久しいが、人道支援の現地化をさらに推進する絶好の機会として、ミャンマーの人道支援活動における状況を前向きに捉えることも妥当かもしれない。

もっとも、「現地化」という言葉には語弊があるかもしれない。というのも、紛争地域において人道支援を展開しているミャンマー国内の民間人もまた、国際送金などを用いて、様々な空間的スケールを駆使しているからだ。今回のHO報告書は、遠隔アンケートに基づいて、ミャンマー国内の草の根団体がいかに重要であるかを明らかにした点で画期的であるが、ミャンマー人海外居住者(ディアスポラ)からの国際送金の動態は明らかにされていない。もともとミャンマー人の国外出稼ぎ労働者等による母国への大規模な送金はよく知られていたが、クーデター後に不服従運動が広がると、世界各地のディアスポラ・コミュニティが一層熱心に母国に支援を送った。日本でも、在日ミャンマー人による精力的な寄付や募金活動は報道されてきた。しかし、ディアスポラからの送金額がどの程度の規模か、具体的な推定額を示している調査はまだないようだ。ディアスポラからのインフォーマルな支援と、国際機関との調整は「ほぼ皆無」であるとHOの報告書は述べているが、果たして今後どのような調整が可能であり望ましいのか、さらなる調査分析と議論が求められている。

ミャンマーにおいて国際機関は、軍政の厳しい監視下に置かれ、言動を著しく制限されているが、ミャンマーの民間人による草の根の人道支援活動には目を見張るものがある。この事実はより広く知られるべきである。ミャンマー人の、ミャンマー人による、ミャンマー人のための人道支援がどのように築かれ、機能しているかを学ぶことは、他の国や地域での支援活動を考える上でも有益なはずだ。

 


[1]United Nations Office for the Coordination of Humanitarian Affairs (OCHA), 2023, Humanitarian Response Plan Myanmar, End-Year Report 2022, p.4

[2]HOは遠隔アンケートをGeoPoll(https://www.geopoll.com)という民間企業に委託している。

[3]SCOREの調査方法は対象国に関わらず同一なので、その説明は国別の報告書には含まれてはいない。HOのウェブサイトで提示されている。https://www.humanitarianoutcomes.org/projects/core/methodology (参照2023年11月16日)

[4]HO報告書で正確な数値は提示されていないので、本稿での数値は報告書の棒グラフに基づいている。

プロフィール

山形大学人文社会科学部教授。鎌倉生まれ。オーバリン大学(アメリカ)で哲学を学んだ後、セント・ジョンズ・カレッジ(アメリカ)で司書として勤務。その後タイに移り環境NGOでの勤務を経て、シンガポール国立大学でカチン族のキリスト教改宗に関する論文を執筆し博士号を取得。主な研究関心は、東南アジア山岳地帯の近代史。2021年のミャンマー軍事クーデター以降は、内戦と政治的暴力の歴史的文脈から現在のミャンマー危機を分析した論考を執筆し、さらに人道支援のために5,500万円を調達するクラウドファンディングを主導した。