EU法上のロシア人兵役拒否者の扱い
佐藤以久子
(桜美林大学リベラルアーツ学群教授)
2023年10月24日
はじめに
難民への庇護は、出身国に代わり他国が難民を自国で保護し基本的人権を保障することであり、出身国との外交関係による影響を受けるべきではない。しかし、ロシアのウクライナ侵攻によりEU域内の公の秩序や安全保障、国際関係上のリスクが高まったとして、EU領域へのロシア人の入国および国境管理が強化され、ロシア人のEU諸国での領域内庇護は困難になった。EUへのロシア人庇護申請者は、2022年2月24日のウクライナ侵攻により倍増し、同年末には約1万人に至る[1]。安全保障上の問題を抱えるなかで、EUはロシア人兵役拒否者を受入れるのだろうか?庇護へのアクセスと兵役拒否者の難民該当性を概要し、EU法上のロシア人兵役拒否の受け入れについて、ノン・ルフールマン原則(追放及び送還の禁止)の観点から合法性を若干検討したい。
庇護へのアクセス —ロシア人の入国制限措置
まず、庇護へのアクセスに係るロシア人の出入国管理について、2022年9月のロシアの部分動員令による徴集兵とその家族、動員を逃れたい者のEUへの流入が急増したことから、安全保障上のリスクを理由にロシアとの査証免除協定を直ちに停止し代わりに一般査証発給と対外国境管理に関する指針を示した[2]。その後、バルト三国などEU加盟国によっては査証発給停止や領事館閉鎖のほか国境警備を強化し、ロシア人のEU領域への入国を制限している。こうしたEUの措置は、国際慣習法上、国家主権に依拠し加盟国の出入国管理に関する権利行使として認められるが、一方で、そうした国家の自由裁量権は、難民条約及び人権条約上のノン・ルフールマン原則により制限される。同原則は難民の受入に係る全工程で適用され、人権条約上は適用除外できない。
庇護申請へのアクセスを阻む上述のEUの出入国管理措置は、ノン・ルフールマン原則違反であろうか?同原則は庇護希望者が庇護国の国境に辿り着く前段階であっても庇護国の管轄権が及ぶ範囲に適用される。係る措置は、入国前段階の入国阻止や入国拒否施策であり同時に難民流入防止策として難民を封じ込めるものとなるため、例外を除いて難民法上は違法である。例外とは、難民の大量流入による公の秩序や国家安全保障、また、公衆衛生に対する重大な脅威となった緊急事態の場合である。本件に照らすと、リトアニアがロシアとベラルーシの軍備増強を受けて非常事態を宣言し(2022年2月24日)、指定場所のみの国境開門や国境沿いの壁建設などの国境警備を強化したこと[3]、また、ラトビアがベラルーシからの不法越境者の急増により緊急事態を宣言した(2021年8月10日、2022年延長)[4]事態が該当すると解し得る。つまり、重大な脅威が国際社会の安全や平和に対する重大な脅威レベルで存在する場合における緊急の一時的な入国拒否や国境封鎖である。なお、例外であっても完全な国境封鎖や受入れの全面拒否はしていない。
ラトビアは、政治的迫害を受けている者、人権擁護者、独立系ジャーナリスト、家族、滞在許可証保持者など人道的配慮に基づく場合には個別の評価により入国を許可するとしている[5]。
また、庇護申請へのアクセスにおいては、庇護を求める個人の権利とルフールマンからの保護を保障する必要があり、EUは2013/32/EU庇護手続指令(前文8条・25条)上に庇護申請手続への有効なアクセスを保障するとしている。しかし、係るEUの措置は庇護申請の機会を与えているのかが問題である。
この点は、一般査証(シェンゲン90日間短期滞在)発給において、ロシア軍への動員を避ける目的でジョージア、アルメニア、カザフスタン、セルビア、トルコ、アラブ首長国連邦などの第三国に短期滞在又は経由地に滞在しているロシア国民からの査証申請を受理すべきではなく、申請者は居住地を管轄する領事館に連絡する必要があるとしているが、EU査証規定6条2項および査証規定ハンドブック(IのPart IIの1.8)により以下の例外が認められている[6]。EUに居住する親族の突然の重病による家族訪問、反体制派、人権擁護者などは領事館に連絡することと、および軍事動員から逃れてきた人のように長期滞在となる場合、長期滞在査証に適用される規定に基づいて処理すること、そして、領事館は、査証申請した第三国においてルフールマンに対する保護が保障されているかどうかを考慮しなければならないと定められている。さらに、このような査証申請の手続きにおいて、ロシアによる侵略によって高まった安全保障上のリスクに伴い、徹底した調査を行う必要があるとも規定されている。
こうした査証申請の個別審査や対外国境での入国審査について、EUは従来の国際法との一貫性を主張している。すなわち、査証によって「自国を脱出することで動員を回避しようとするロシア国民に、長期的な解決策を提供することはできない」とする一方で、このことが「EUの庇護法に基づいて国際的な保護を求める権利や長期滞在査証または滞在許可証申請の可能性を損なうものではない」と述べている[7]。そして、個別審査や入国審査を規定するガイドラインは「庇護権、ノン・ルフールマン原則、および加盟国が2013/32/EUの庇護手続指令31条8項(j)および43条に従い、庇護申請の迅速な手続および国境または乗継区域おける庇護申請を審査する可能性など、庇護の分野で適用される法的枠組みを損なうものではない」と主張している[8]。
したがって、庇護申請への門戸は閉ざされてはいないと解し得る。
なお、申請者が提出した添付書類の信憑性、内容の真実性、または申請者の陳述の信頼性に関して合理的な疑いがある場合、とくにその渡航目的に関する信頼性に合理的な疑いがある場合には、査証規定32条1項(b)に基づき申請は却下され、査証情報システム(Visa Information System: VIS)12条に基づきVISに登録される。また、この記録は、すべての査証拒否の標準的な慣行として、すべての領事館で閲覧可能としている[9]。こうした情報開示は、EUの統一した審査に基づき査証を発行するためであるが、加盟国間での情報共有と同時に手続の透明性や適正さを確保するよう幾ばくか機能するのではないだろうか。
兵役拒否者 ―EU法上の難民該当性
次に、兵役拒否者への庇護付与について、ロシア人に特化したEUの庇護基準はないが(2023年8月現在)、ロシアの兵役と政治的反体制に関する2つの出身国情報報告書[10]と判例を参照し、EU庇護指令を以下に読み解く[11]。兵役拒否者は、1951年難民の地位に関する条約及び1967年議定書(以下、難民条約)上の難民該当性があると解されている(国連難民高等弁務官事務所(Office of the United Nations High Commissioner for Refugees: UNHCR)の国際的保護に関するガイドラインNo.10)。EUでは、国際的保護の資格指令(2011/95/EU)[12]9条2項(e)「紛争における兵役拒否による迫害又は刑罰であって、兵役に服することが12条(2)に規定された排除事由の範囲(難民条約1条F項相当)に該当する犯罪又は行為を含む場合」には、難民に該当する。具体的には、EU司法裁判所のShepherd判決(イラクへの従軍を拒否した米軍兵士)より[13]、「紛争の存在、すべての軍人、申請者が実際に戦争犯罪に関与する危険性、代替服務」という4つの定義要素を満たす場合に、難民に該当するとした。つまり、兵役の遂行が、紛争状況にありかつ難民条約1条F項に該当する行為を含む状況にあることが必要である。また、対象は、戦闘員に限定せず戦争犯罪に対し訴追もされない場合であっても保護から排除しないが、9条2項(e)は、UNHCR難民認定手続ハンドブックにいう良心の兵役拒否(政治的、宗教的、道徳的、良心的に反する軍事行動への参加を強要された場合)を含まない。ただし、強制的徴用には代替服務があることを要件とすることから、代替服務を利用しなかった場合には9条2項(e)の保護はその理由を立証しない限り適用除外となる(45段)。他方、代替服務がない場合の脱走は良心の兵役拒否の表明として見做され2項(e)の範疇に、あるいは9条2項の(b)(c)(d)にあたる可能性が残されている。
さらに、EU司法裁判所のEZ判決(徴集前に出国したシリア人徴兵拒否者)[14]は、難民該当性の要件として、国際的保護の資格指令9条2項(e)の行為に続く同指令10条の難民条約上の迫害理由(人種、宗教、国籍、特定の社会的集団の構成員、政治的意見)のいずれかに関連する場合であって、迫害の恐れがあるということを十分に立証できなければならないとしている。この点は、「処罰が兵役拒否に関連しているという理由だけでは立証されたと見做すことはできない」としながらも、2項(e)の兵役拒否は10条の迫害理由のいずれかに関連するものと強く推定されるとした。例えば、特定の少数民族を対象とした動員、宗教・信条に反することや政治的意見の表明などである。本件に照らすと、実際にロシア兵の動員はブリヤードのモンゴル系のチベット仏教徒やシャーマンなど辺境地の少数民族が多い[15]。なお、EZ判決によれば、兵役拒否と迫害事由の関連性に対する信憑性は、関連するすべての状況に照らしながら確認する必要があるが、それを行うのは、当局であるとした(61段、62段の4)。
その他の保護形態として、迫害の恐れがなくとも訴追や処罰が国際的保護の資格指令15条(b)項の重大な危害にあたる場合(拷問又は非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い又は刑罰)には補完的保護の地位が付与され得る。さらに、状況によりノン・ルフールマン原則に従い送還できない可能性もある。いずれにしても兵役拒否者は、ロシア刑法(改訂2022年9月24日施行)上に訴追や処罰規定があり、また、ロシア国内の人権状況より拷問ほか非人道的扱いを被る可能性は否定できないと見られる。
おわりに
以上、ロシア人兵役拒否者はEUの庇護法上は受入れ可能である。ノン・ルフールマン原則の遵守については、高度な安全保障上のリスクを理由とするもロシア人へのEUの入国管理は、査証・入国審査において庇護へのアクセスにつながる例外を設けていること、また、非常事態の一時的で緊急な入国制限や国境封鎖においても当事国には手続手段があり違法とまでは言えない。ただし、負担状況によりシェンゲン圏内での庇護申請の分担が必要であろう。また、国際的保護の該当性基準は同原則に則っているが、実際には、現況のロシア兵に特化したEUの庇護審査基準ガイドラインを待ち庇護審査は保留状態の国もあり[16]未だ不明である。また、庇護審査の判断材料となるロシア刑法などの証拠や戦地からの脱走かなどの事実確認が課題である。
[1]EUAA (European Union Agency for Asylum) News 18.12.2022, EU Asylum Situation for Russian Nationals (https://euaa.europa.eu/news-events/euaareports-military-service-and-political-opposition-russian-federation). [2]European Commission, ‘Communication from the Commission, 1. Updating Guidelines on General Visa Issuance in Relation to Russian Applicants Following Council Decision (EU) 2022/1500 of 9 September 2022 on the suspension in whole of the application of the Agreement between the European Community and the Russian Federation on the Facilitation of the Issuance of Visas to the Citizens of the European Union and the Russian Federation; and 2. Providing guidelines on controls of Russian citizens at the external borders’, C (2022) 7111 final (Brussels, 30.9.2022), 1 at paras. 1-4 and 2. [3]European Migration Network (EMN), ‘LITHUANIA EMN Country Factsheet 2022’ (August 2023), p.1 and 3-4. [4]European Migration Network (EMN), ‘LATVIA EMN Country Factsheet 2022’ (August 2023), pp.2-3. [5]Ibid., p.3. [6]C (2022) 7111 final, supra note 2, para.14. [7]Ibid., para.9. [8]Ibid., para.11. [9]Ibid., para.20. [10]EUAA Reports: The EUAA COI Report on Military Service, The EUAA COI Report on Political Opposition (December 16, 2022). [11]EUAA, “Qualification for International Protection, Judicial Analysis, 2nd ed.,” (January 2023), pp.67-71. [12]Council Directive 2011/95/EU, for a Uniform Status for Refugees or for Persons Eligible for Subsidiary Protection, and for the Content of the Protection Granted (recast), OJ L337, 20.12.2011. [13]Case C-472/13, Shepherd v Bundesrepublik Deutschland, judgement of 26 February 2015, para.46. [14]Case C-238/19, EZ v Bundesrepublik Deutschland, judgment of 19 November 2020, para.61. [15]「ウクライナ侵攻でロシア側戦死者に少数民族が目立つのはなぜなのか 現地で実感した連邦支配のいびつさ」『東京新聞』(2022年10月3日)。 [16]北欧の例:“Nordic Countries Wait for EU Instructions before Granting Russian Escapees Asylum,” EUROACTIV (May 19, 2023).
桜美林大学リベラルアーツ学群教授、法学博士(神戸大学)、国際法修士(ルンド大学)