2022年10月14日、『リーガルイノベーション入門』を上梓した一橋大学法学研究科・角田美穂子教授とケンブリッジ大学法学部・フェリックス・シュテフェック准教授がオンラインにて刊行記念イベントを行いました。
以下、角田美穂子教授によるイベントレポートです。
最初に、編者である角田美穂子教授が、1966年に高校の物理学の教師が物理学者リチャード・P・ファインマンに依頼して実現した電話授業のエピソードを交え、この本の元になったオンライン授業に込めた思いを語った。続いて、フェリックス・シュテフェック准教授は、世界のリーガルイノベーターのトップ10は誰かという問いの難しさを論じた。有力候補のグーテンベルグの貢献もまた時代の波に洗われているなど、リーガルイノベーションは社会の中で起きるため時間の制約を免れないし、電話という画期的な技術の法的取扱いについて先見的な解釈論を提示した穂積陳重のような法学者もいれば、世の中を変える司法判断を下す裁判官や新しい立法を実現させる人も含まれ、貢献を測定する尺度についてコンセンサスを得られないであろう。
読者を代表してコメントした野村総合研究所の大崎貞和氏は、このリーガルイノベーターを広く捉えた点に魅力を見出したという。大川小学校の津波被災事件の新しい考え方を裁判所に認めさせた弁護士の話は、テクノロジーとは無縁であるが、従来の理論的枠組みでは十分な救済が難しい事態を打開していくこともイノベーションであるという考え方には大いに共感すると述べた。そのうえで立法論との棲み分けをどう考えるのか等リーガルイノベーションがもたらす変化といった次なる課題を提示した。
❶テクノロジーが変える紛争解決を論じたパネルディスカッション前半では、まず冒頭で、Court Correct社創業者でCEOのルードヴィヒ・ブル氏が、英国はじめ世界中で「すべての人に司法へのアクセスを」保障できていないと指摘し、この問題に取り組む当事者として、日本に対し3つの提言を行った。①スタートアップと組んだ試行実験、②リーガルデータを最大限オープンソースに、③規制のサンドボックスの3つである。対して、ケンブリッジ大学のサイモン・ディーキン教授は「司法の自動化は必ず起きるだろう。しかしAIは自分を管理できないから人間の判断という役割は無くならない」、「機械は人間が操るものだが、人間は機械を完全に理解することはできない、機械のように計算することはできないからだ。」と指摘。大崎氏は、紛争解決にテクノロジーを導入するメリットは「所与」としたうえで、リスクについて、テクノロジーの暴走以上に留意すべきは、リーガルサービスの提供者を規制する弁護士法など既存の制度との関係ではないかと述べた。ブル氏は、AIをつかったサービスを提供している立場から、高い精度のAIができても人々はその根拠の「説明」がなければニーズにこたえることはできないが、その「説明」をどのようにして機械にさせるかが難しいと指摘。
後半では、❷リーガルイノベーション・エコシステムの構築に向けた課題として、自然言語処理の専門家である東京工業大学情報理工学院の山田寛章助教が、わが国で民事紛争解決結果予測モデルを開発しようにも、そもそも情報インフラが整備途上であることを指摘。海外で「人間の法的判断枠組みをどう機械に解かせるか」というタスクの定式化、「法的判断を予測できたとしても説明なしでは無意味」、モデルの一般ユーザーにとって「意味のある説明とはどのようなものか」という困難な課題の研究が急ピッチで進む中、情報インフラを整備しながら研究を進めていると語った。会場から「日本の伝統食であるお餅では従来から喉に詰まらせてしまう事故が発生してきた。その後、蒟蒻ゼリーが登場し、喉に詰まらせて窒息死する事故が発生した際の世論のあり方について、どうお考えでしょうか」という質問に対し、大崎氏は、「事の本質は、蒟蒻ゼリーの目新しさにあり、自動運転車の事故と同じだと思います。まさにそのようなしいモノが起こした事故をどう捉えるかが、これからのリーガルイノベーションの課題だ」と指摘した。短時間ながら、充実した意見交換となった。
国内外から143名が視聴、見逃し配信も日本語通訳版78回、英語通訳版は258回視聴された。
(文責:角田美穂子)