民主主義・人権プログラム
日本への影響を試みる中国の巧妙さ
出版日2023年1月4日
書誌名Issue Briefing No. 15
著者名ティモシー・ニーベン、市原麻衣子
要旨 中国では、中国共産党によって今まで多くの情報が統制され、国の影響力を拡大するために様々なメディアコンテンツに対する工作がなされてきた。しかし、近年は影響工作の勢いが行き過ぎてしまい、かえって党に対する信頼を損なわせている。この現状を変えるために、共産党は独立したメディア機関を自身の情報ネットワークに取り込み、党にとって不利益となる情報の一部を認めつつ、巧妙な情報操作によって損なわれた信頼を取り戻す動きを活発化させている。著者は、この動きが日本に及ぼす影響と危険性を示し、日本政府は速やかに対抗措置を取らなければならないと主張する。具体的な措置として、影響工作の客観的な分析と人々が触れる情報の裏にある権威主義国家の狙いを見抜くためのプラットフォームを提供する必要性を指摘している。
本文ダウンロード 本文

日本への影響を試みる中国の巧妙さ

―影響工作の改良が中国の危険性を高める

ティモシー・ニーベン、市原麻衣子
2023年1月4日

 

本稿は、2021年10月13日にアメリカン・パーパス(American Purpose)誌から出版された英語論文の日本語訳である。原文は以下にてアクセス可能:https://www.americanpurpose.com/articles/to-influence-japan-china-tries-subtlety/

 

中国の攻撃的な影響工作が自国のイメージを損ねている。新型コロナウイルスの感染源に関する透明性の向上やウイグル人の人権保護を求める国際社会の要求に対して、党の国営メディアは真実を否定し、民主主義国家に責任を転嫁し、偽情報を流布させてきた。

たしかに、中国は地元の声の方が読者にとって馴染みがあり、より信頼されるというもっともらしい理論に基づいて、対外メディア事業を「ローカル化」してきた。しかし、中国はこのローカル化からの利益を十分に享受できていない。「地元の」メディアは、中華人民共和国のメディアコンテンツを再転載し、(天安門事件のように)たとえ否定できないほどの証拠との間で矛盾が生じたとしても自己検閲を行う。また、台湾が中国共産党の支配下にあり実際には独立していないなど、地元メディアは常識を無視するような中国共産党の二枚舌の報道に従順である。そして、新疆ウイグル自治区での人道に対する罪を覆い隠す記事など、共産党のプロパガンダを流している。

このような行動は、中国国外の読者からすると受け入れにくい。なぜなら中国共産党の甚大な影響工作はニュースメディアの信頼性を低下させるからである。実際に、中国のメディアでさえ、こうした戦略に疑問を呈している。2021年5月31日、習近平は「信頼でき、愛され、尊敬に値する」中国のイメージを構築するよう、国際的な通信手段の向上させる方針を打ち出した。習近平自身も、共産党の攻撃的な「言論戦」が裏目に出ていることを自覚しているのである。

より効果的に影響を行使するためには、さらに大きな目標を達成すべく一部の中核的な利益を犠牲にする必要があり、実際に共産党はこの忠告に従っている。具体的には、独立して活動するメディアを含んだ情報ネットワーク構造を拡大しようとしている。たとえば、台湾では共産党にとって主権問題がイデオロギー的に重要な話題であるにもかかわらず、これらのメディアは台湾の読者を遠ざけまいと、台湾の主権維持への熱望に対する中国政府の抑圧をだいぶ和らいだトーンで扱っている。

このような巧妙な情報操作が成功する可能性は、特に日本にとって重要な意味を持つ。これが成功すれば、日本のような社会において中国の影響工作が行われていることを見抜けない可能性がある。

日本は中国と文化的に親和性が高く、欧米列強と争った歴史を共有しており、さらには20世紀前半の中国への侵略に対して罪悪感を持っているといった理由から、共産党の影響工作にとって良い土壌であると見る研究者もいる。他方で、日本は中国共産党の情報操作に対する免疫を比較的持っているという見解もある。

中国共産党の影響下にある華僑メディアなど、日本における中国共産党の影響工作が研究者により明らかにされ始めたのは、ここ2年ほどのことである。特に興味深いのは、中国関連の金融ニュースの権威である「サーチナ(Searchina)」である。

サーチナは、1999年に端木正和が創業し、国営の中国通信社にコンテンツを提供したり、中国通信社からコンテンツを購入したりしている。2010年にSBIホールディングスがサーチナを買収した後も、国営メディアとの協力関係は続き、SBIの2010年度年次報告書では、サーチナと新華社通信の連携が紹介されている。端木は中国で新たに上海サーチナの起業を許可され、新華社が一部出資を行う北京新正華誼国際諮詢有限公司にこれを売却している。

中国の日本への影響工作について、文化的親和性、欧米諸国との歴史的緊張関係、第二次世界大戦前の罪悪感などを利用しているという予測は的中している。サーチナが2020年12月と2021年1月に発表した記事をコンピュータ解析すると、「中国文化」という旗印を用いて日中の親和性を強調した文化的宣伝の記事が際立って多いことが判明した。また、南京大虐殺への言及や、「西洋」と「植民地主義」の両方の言葉を含む記事も多い。サーチナのコンテンツは、中国の経済的ハードパワーと文化的ソフトパワーを強調し、中国の金融と投資に対する開放性を促進するという中国共産党の報道指令に合致している。

研究者らは、このパターンに気づいていないようだ。

サーチナが日本社会に浸透しながらも目立たないのは、逆効果となるような明らかな行動をほとんど取らないからである。レコード・チャイナのような中国共産党とつながりのある他の重要な日本語ニュースサイトとは異なり、サーチナは稀な例外を除き、中国国営メディアの転載を避けている。レコード・チャイナが新疆ウイグル自治区での人道に対する罪を何度も覆い隠す記事を掲載しているのに対し、サーチナはこのような行動を取らない。また、サーチナは時折、中国共産党の核心的利益から乖離した記事をも掲載することがある。2008年の記事では中国の政治制度の問題点を指摘し、2019年の記事では天安門事件の被害者の不満を報じている。ただし、これらの記事に編集者の名前は記されていない。

隠された本当の狙い

サーチナは、中国経済や株式に関する情報提供や、信憑性が不可欠となる経済情報の発信に強みを持つメディアであるにもかかわらず、中国共産党に不利な情報の配信は避けている。このような行動は、日本の独立した経済専門紙である日本経済新聞と比較すると明らかである。

その一例がファーウェイをめぐる論争である。2020年にトランプ政権がファーウェイへの輸出禁止を強化した後、諸外国も独自の規制措置で追随した。しかし、2020年12月から2021年1月にかけて、これらの規制がファーウェイの収益に多大な影響を及ぼしたにもかかわらず、サーチナはファーウェイに対する規制や制裁、および同社の低迷については報じなかった。ファーウェイに関する4本のサーチナ記事のうち、2本の記事では同社が米国から攻撃を受けていることに関する言及があった。しかし全体的に4本の記事は、中国が誇るグローバル企業としてファーウェイを紹介するものであった。他方日本経済新聞デジタル版では、一連の出来事に関して21本の記事が掲載されている。

ウイグル人に関する報道の場合、さらにその傾向が強い。2020年12月、グローバル・ポリシー・センター(Center for Global Policy)が、2018年に新疆ウイグル自治区で少なくとも57万人のウイグル人が強制労働によって綿花の収穫に送られていたという報告書を発表すると、欧米による中国政府への批判はさらに強まった。新疆生産建設兵団をはじめとする中国企業に制裁が課され、新疆綿の輸入を禁止する措置がとられた。これらの動きは、対象企業の業績や株価、さらには中国の経済にも影響を及ぼした。この2カ月の間に日本経済新聞のデジタル版では8本の記事が掲載された。

これとは対照的に、同時期のサーチナはこの話題を避けていた。ウイグル人に関する記事は1本のみで、日本がウイグル情勢に関する情報を英米政府と共有したことに対する中国民衆の怒りを報じた。このような内容は、中国共産党メディアの欧米批判と共鳴するものであった。人民日報日本語版が掲載した21本の記事のほとんどは、人権侵害に対する欧米の批判に反論し、そのような主張が虚偽だと抗議していた。サーチナは、中国共産党メディアとともに、日本がウイグル問題に関して欧米を支持してはならないと遠まわしに警告したのである。

攻勢にどう対抗するか

ここで示した中国共産党による巧みな操作は、この巧妙な影響工作を見抜くことがどれほど難しいかを物語っている。地域の聴衆に合わせたメディア発信は、より効果的に聴衆の意見を左右し、中国共産党の影響を受ける民主主義諸国にとって深刻な問題となりうる。しかし、民主主義諸国は華僑が発信するニュースを全面的に禁止することはできない。ここで存在するジレンマは、いかにして華僑を悪とせずに、恣意的な影響工作を回避するかということだ。この課題は決して容易ではない。

中国の影響工作に関する客観的な分析を拡大することが最も必要であり、分析は政治的な意図のための手段ではなく、信頼できるものとして見なされなければいけない。データサイエンスの手法を活用することは、この動きの助けになる。

権威主義的な国営メディアと繋がりを持つアクターの配信情報を読者がどのように受け取るべきかという判断を助けるために、情報提供プラットフォームはそのような繋がりについて注意を促すべきだ。特にアグリゲーターサイトやソーシャルメディアは、中国共産党とつながりのあるアクターを明示することを検討すべきである。なぜならこのような協力関係が、時に曖昧なかたちで権威主義国家の利益に資するように、コンテンツの性質に影響を及ぼしているからだ。プラットフォームがこのような繋がりを明らかにする意志を持たない場合には、研究者がそのギャップを埋める必要がある。

開かれた民主的な社会にとって、サーチナのような事例を慎重に検討することは、海外の読者に対する中国共産党の巧みな手法に対し、適切な対応を考案するために重要である。最も重要なのは、報道の自由や情報への権利を制限することなく、このような情報によって賢明な判断が促進され得るということである。

 

【翻訳】
チョン・ミンヒ(一橋大学大学院法学研究科 博士課程)
菅原由梨子(一橋大学大学院社会学研究科 修士課程)
土方祐治(一橋大学国際・公共政策学院 修士課程)
鈴木涼平(一橋大学大学院法学研究科 博士課程)
中島崇裕(一橋大学法学部 学士課程)

プロフィール

ティモシー・ニーベン(Timothy Niven) プロフィール
台湾民主実験室(Doublethink Lab)研究主任。近年強まる権威主義に対抗すべく、民主主義を多方面で強化する活動に取り組んでいる。

市原 麻衣子 プロフィール
一橋大学大学院法学研究科および国際・公共政策大学院教授